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2008年10月25日

都会の難民

 全国で産婦人科医の減少が問題になっています。とくに地方ではそれが顕著で、病院の産婦人科が閉鎖され、“お産難民”などという言葉も生まれました。

 原因の一つに「都会と地方の格差」も問題にされています。医師が都会に集まり、地方の医師不足がより深刻になっているというものです。

 しかし、その「都会」の真ん中でも産婦人科医の不足が実は深刻だということが、先日のトラブルではっきり分かりました、妊娠中の女性が脳内出血をおこした可能性があり、危険な状態になっているにもかかわらず、受け入れてもらえる病院がなかなか見つからなかったというものです。

 都立墨東病院は受け入れを「断った」病院としてやり玉にあがりました。こういった高度な医療が必要になったときに頼りにできるはずの周産期医療センターに指定されているのですが、産婦人科医は定員を割っていて、週末の当直は医師一人で行っているというのです。

 医療機関が多く、医師も大勢いると思われている都会の真ん中にも、実は“医療過疎”は存在しました。日本の医療体制が、実はどこもかしこもおかしなことだらけなのだということがハッキリしてきました。

 厚生労働大臣と東京都知事の間で、お互いの責任を押しつけ合うようなやりとりもありました。大臣は「都には任せておけない」と言い放ち、知事は「医師不足は国の責任だ」と反論。全く無責任な人たちです。

 マスコミの対応は以前とずいぶん変わってきました。こういったトラブルがあると、「たらい回し」とか「医師のモラルが低下」などと書き立てていたものです。今回はわりと冷静に受け止めています。起きている物事の本質を見ようとする姿勢も感じられます。

 日本の医師不足が根底にあるのは明らかです。その上に専門科や地域による偏在も加わり、「医療崩壊」とも言われるまで事態は深刻になっています。

 医師が不足してきたのは、医師の養成数を少なくしたからです。ここ20年ほどの間で、医学部の定員を削減しました。その“思想的根拠”になったのは「医療費亡国論」です。

 日本の社会構造が変化し、高齢者が増えれば医療費が増える。それが日本経済を疲弊させ、日本を沈没させることになる。医師数が過剰になれば、医療費が増える。これも大問題だ。

 そんな主張をしたのが、厚生省(当時)の役人でした。「医師過剰時代」が社会にとっては悪だというのです。そんな妄言にのったのが大蔵省(当時)でした。医学部の定員を減らせば、文部省(当時)の予算を大幅にカットできる。財政負担が減ることは彼らにはハッピーなこと(国民にとっては迷惑でも関係ありません)。

 そんな恣意的な政策が間違いだったことは、今回のトラブルをみるまでもなく、明らかです。今年になってからは医学部定員を増加させる方向で検討を始めています(実行に移されたとしても効果がでるのは10年以上先のこと。今困っている状況が直ちに改善させるわけではない。財政的な締め付けがあるから、本当に定員増になるか疑わしい。さらに、もし医学生が増えればそれを教える指導医を増やさなくてはいけないために、一時的かもしれないが地方の医師不足はさらにひどくなる可能性がある。・・そんな指摘を、以前の「院長ブログ」の中でもしておきました)

 もし厚生労働大臣が、本当に「医師不足が一番の問題だ」と考えるのなら、現在行われている社会保障費の乱暴な削減をきちんと批判し、その政策を改めさせなければいけません。1年に2,200億円、5年間で1兆1千億円を減らすというメチャクチャな政策のために、日本の医療はすっかり疲れ切っています。

 医者はどんな状況におかれても、目の前に患者さんがおられれば何とかしようとします。医師不足のために、とくに勤務医の労働条件が厳しくても、そんなプロ根性をもって現場を支えています。でも・・いつかそんな“根性論”だけでは通用しなくなる時がきます。燃える尽きてしまう医師もいます。

 厚生労働大臣は今回のトラブルを受けて、「開業医も協力して」事態を解決してほしいと言っていました。開業医は協力できるところはしています。自分の役割を果たすことで精一杯だという状況があるということも知ってほしいです。

 桝添大臣は問題の本質をそらすことが上手のようです。医師不足によるトラブルを、都の責任だと言ってみたり、あたかも開業医が協力しないからいけないのだと言ってみたり。真摯に物事をとらえ、丁寧に解決しようとしているようには見えないのですが。政治家としての資質に問題があるのかもしれません。(もっともそんなことを言ったら、問題にない政治家などいないということかもしれませんが)

PS 今回の報道の中で一つひっかかっていることがあります。妊婦に重大な脳障害が生じた可能性がある・・そうであれば、搬送先は脳外科でしょう。救急病院で直ちに脳手術をしなくてはいけないはず。産科的な管理は従であり、主となるのは脳外科による治療なのでは。産婦人科医が脳出血をおこしている母親の手術ができるわではないからです。紹介先を「高度な周産期医療ができる医療機関」に限定したことが正しかったのか、疑問に思っています。もし脳外科に紹介していたらどうだったでしょうか。結果は同じだったかもしれませんが、少なくとも紹介先はすぐに見つかったのではないかと思います。

投稿者 tsukada : 2008年10月25日 22:13