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2008年06月23日

医師不足(2)

 17日「院長ブログ」で医師不足の問題をとりあげたあと、そのままになっていました。けっこう大きな問題なので、どんなふうに書こうかと思いあぐねているうちに時間が経ってしまったのです。

 厚生労働省はこれまでの医学部定員削減の方針から転換し、増員の方針を打ち出しました。財政的な裏付けなど、その具体像はまだ見えてきませんが、方針としては正しいのだと思います。

 しかし仮に入学定員が増加しても、それが直ちに医師不足を解消し、ひいては医療崩壊の歯止めになり、医療の再生になるかというと、そう簡単にはいきません。それは医師の養成にとても時間がかかるからです。

 医学部は6年制。普通の大学の1.5倍です。卒業すると医師国家試験の受験資格が与えられ、合格してやっと「医師」になります。しかしまだ一人前ではありません。

 卒業後2年間は臨床研修が義務づけられています。内科、外科、小児科、産婦人科など、ほぼ全ての科を回ります。その後自分の選んだ診療科での本格的な研修が始まります(臨床医をめざす場合)。そこでさらに数年、科によっては10年ほど研修を受け、やっと一人で診療ができるまでに育っていきます。

 現場で活躍できる医師が育つまでには、少なくても10年はかかるということになります。もし来年度、ただちに医学部定員が大幅に増えたとしても(ありえないことですが)、その恩恵が出てくるのは平成30年以降ということになる、ということです。

 これでは今、目の前でおきている医療崩壊がさらに加速し、もう医療そのものが瀕死状態になっているかもしれません。

 それでも10年後に「明るい未来像」が描けるようなら良いのですが、もしかしたらこの「医学部定員増加」は医療崩壊をもっと加速させる可能性もあります。それは医師の養成のために、現在よりもっと多くの医師が大学や大病院で必要になるからです。

 医学生や研修医の教育はとても大きな資源がかかります。勉強できる施設・設備を大きくしたり、あらたに作るとなると、そうとうのお金がかかります。そのためのスタッフもそうとう必要です。先輩医師が手取り足取り教えることによって、医師としての技術が養われます。本を読み、講義を聞いているだけでは足りません。

 今から数年前、臨床研修制度がスタートしました。先にお話しした卒業後2年間の研修です。大学病院は大病院がその研修場所になり、そこに多くの指導医を投入しました。その「草刈り場」となったのが、大学から派遣していた地域の病院です。医師の引き上げが相次ぎ、診療科の縮小や廃止、時には病院そのものの廃止にまで至り、地域における医療崩壊の直接の原因を作ったことは明白です。

 これから医師養成数を大幅に増やすことになったとき、指導にあたる医師の確保をどうするのか、地域の医療に悪い影響を及ぼさずにそれを成し遂げる方法をきちんと考えながら行わなければ、またもや同じ轍を踏むことになりはしないだろうか。いや、きっとそうなってしまう。そんな危惧を抱いています。

 ここまでくると、もう単に医学部定員を増やせばこと足りるという段階ではありません。にっちもさっちもいかない状態。八方ふさがりといっていいかもしれません。

 これまでの医学部定員削減の方針、そして医療費抑制政策がとんでもない間違いであり、いかに大きな問題をもたらしているか、よく分かります。そんな間違いを犯してきた厚生労働省だから、これからの医療政策にも大きな不安がよぎってきます。とても安心して任せられるものではありません。

 「医者をもっと増やさないといけない」という声が、国民の間に日に日に大きくなっているように思います。マスコミの論調もそうなりつつあります。そして政府もその方向を視野にいれつつあるようです。

 しかし、それだけで医療崩壊が食い止められるわけではない。医療が再生するわけでもない。もしかしたら、さらなる医療崩壊の直接の原因を作ってしまうかもしれない。

 そんな「医療の大崩落」「医療の解体」の危機に、今私たちは立っていることを強く感じます。何とかしなくてはいけない。でも何をどうすればいいか。なかなか解答が見あたりません。

 でもそんな危機感を、より多くの方々が持ってくださることが、問題解決への一歩になることだけは、確かなことでしょう。

投稿者 tsukada : 2008年06月23日 23:59