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2008年03月11日

5分間ルール

 保険診療の仕組みや点数(料金)は2年おきに変更されます。今年はその年。来月から大幅に改定されることになり、私たちはその対応に大わらわです。

 その中で最も大きな変更は、再診の診察時間が5分以上と5分未満では変わるということでしょう。現在、再診した時の料金に「外来管理加算」というのがあります。通常の再診料に加えて、診療所では52点(520円)をいただいています(外科的な処置がある場合は除く)。

 その点数の算定要件を厳しくして、「5分以上診察した場合のみ請求できる」とするというのです。ここでいう診察時間とは、患者さんが診察室に入ってきたところから出て行くところまでで、なおかつ医師が患者さんと面して質問をしたりしている時間をさします。例えば検査や治療を医師が直接行っても請求できませんし、カルテや書類を書いている時間(電子カルテになっていればコンピューターに向かっている時間)は「5分」には入れません。

 これまでは時間の制限はもちろんなく、必要な診察をしている場合には算定できたものです。突如として、この「5分間ルール」が登場して、正直にいって面食らっている状態です。

 厚生労働省が決めた細則では、患者さんから丁寧にお話をお聞きしなくてはいけないとして、どんなふうに聞けばいいか、具体例もあげてあります。診察の仕方まで指示していただき、ありがたいことです。

 日本の外来診療は「3時間待って3分診療」と批判されることがよくあります。待ち時間の長さに加えて、肝心の診察時間がとても短く、粗雑なのではないかという指摘です。確かにその面はあり、丁寧な診察を心がけなくてはいけないという意味で、もっと長く診察時間をとるべきだという議論は以前からありました。

 でもそれができるのは、一人一人の患者さんをゆったりと診てあげられる条件があるところに限られます。病気としては、内科などで慢性の病気(たとえば脳卒中や心筋梗塞の後遺症、高血圧、肥満などの生活習慣病、悪性腫瘍・・)が主な対象でしょう。小児科ではほとんどが感染症などの急性疾患であり、厚労省が求める療養上の指導などに特別な時間をさく必要のない患者さんが大半です。

 加えて医療機関の性格にも大きく関わってきます。やはり慢性の病気をゆったりと診ている医療機関では「5分ルール」に合致させやすいでしょう。

 しかし、私たちの小児科外来では、時には“野戦病院”と化してしまうほどの混雑ぶりが日常当たり前です。インフルエンザが流行すれば、一日に200人や300人の子どもたちがやってきます。平均でも1日で100数十人、半日の日でも100人近くの外来患者さんを診ています。

 厚労省が求めるように一人あたり5分以上の診察をするとしたら・・1時間に12人が最大。午前3時間の診療では36人、一日6時間の診療でも72人しか診てあげられません。もし150人の患者さんが訪れたら、診療時間の合計は12時間ほどになります。休憩を取らずに外来診療をしても、午前9時からスタートして午後8時。休憩時間や、健診・予防接種など他の業務をこなしながら行っていたら、真夜中になってやっと終わるか、計算上は翌朝になる日もでてきます。

 あるいは、窓口で「国は診察に5分以上かけることが望ましいと指示しているので、72人を超える患者さんは診療することができません」と言って、受け付け制限をしてもかまわないとでも言うのでしょうか。医療の現場を見ていない「机上の空論」であることは明らかです。

 医療機関の収入が大きく減るということも問題です。当院で2月分の診療から試算してみたところ、「外来管理加算」は合計で40万円ほどになっていました。年間ではおそらく500万円くらいになるでしょう。それが来月からは、ほとんどゼロになってしまいます。年間で500万円の減収になる・・それが小さな診療所に与える影響は、考えただけでも恐ろしいものがあります。

 お金のことをお話しすると、引いてしまう方も多いと思いますが、この問題は重要なのです。医療機関の経営状態は、地方の中小病院を中心にそうとう大変な状況におかれています。地方の医師不足という問題もあり、倒産の淵に立たされているところも少なくありません。

 診療所も同じ問題を抱えています。当院でも、この「5分間ルール」が導入されるだけで、一人以上の人件費が捻出できなくなります。その分、看護師さんに辞めてもらう、などということができるはずはありません。

 地方の小都市では小児科医がまだまだ不足しています。必然的に大勢の子どもたちを診療するために、小児科医は過長で過重な労働を強いられています。看護師をはじめとしたスタッフもそうとう多く雇用し、施設・設備の充実にも力を入れています。

 そんな中で、「5分未満の診察」をすると減額するというような乱暴なルールを作ってくるのは、地域の現場で毎日精一杯頑張っている医師の意欲や熱意を奪うものです。新年度から導入される「5分ルール」の最大の問題点は、ここにあるのかもしれません。

 とは言っても、来てくださる患者さんをお断りすることなど、できるはずがありません。医師法の中にも、求めがあれば必ず診療しなくてはいけないと定めています(「応召義務」)。法律を持ち出すまでもなく、私たち医師のモラルとして、ありえないことです。もしかしたら・・それが分かっていて「5分ルール」を思いついたのでしょうか? そうだとしたら、あまりに卑劣で薄汚い思いつきとしか言いようがありません。

 来月からはそうとうの減収になりますが、今までと同じく丁寧に診療をしていくことに代わりはありません。ただし、それが時間の長さだけで決まるものではないことを、ぜひ知っておいていただきたいと思います。

投稿者 tsukada : 2008年03月11日 23:59