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2007年11月02日

見捨てられた子どもたち

 リタリンという薬を知っている人たちは、以前は圧倒的に少なかったでしょう。しかし、今では圧倒的に多くの方が知っていることでしょう、乱用事件のために。

 「リタリン」というのは商品名で、一般名は「メチルフェニデート」。中枢神経の覚醒作用があるとして開発され、うつ病やナルコレプシーという睡眠異常の治療薬として使われ出しました。その後、小児の注意欠陥多動性障害(ADHD)に優れた効果があると分かり、子どもたちにより多く処方されるようになった薬です。

 そのリタリンがもつ脳の覚醒作用が“注目”され、病気の治療のためではなく、一種の麻薬として乱用されるようになってきました。一部の医療機関が、診療することなしに大量のリタリンを処方していたり、“患者”がリタリンを求めて複数の医療機関をハシゴしたりするということもあり、大きな社会問題になったことはご存じの方も多いと思います。

 リタリンの乱用を避けるため、主に2つの方策がとられます。1つはリタリンの適応から「うつ病」を削除し、ナルコレプシーだけにすること。もう1つは、処方できる医師を「ナルコレプシーを正確に診断できる精神科の専門医」に制限することです。この対処はすでに決定されていて、もうすぐ実行されるでしょう。

 これで少しはリタリンの乱用は減ってくるでしょう。しかし、外国からの個人輸入、個人売買など、多種のルートがあるために、実効がどれだけ伴うか、疑問の部分もありますが、一応「役所的対応」としてはスジが通っていますし、一件問題がないようにも見えます。

 しかし、この騒動で置いてきぼりにされている人たちがいます。ADHDの子どもたちです。彼ら(彼女ら)にはリタリンは必要です。リタリンを使うことで、衝動性、多動性が抑えられ、日常生活や学校生活がトラブルなく過ごせるようになります。子どもたちへのリタリン投与が、この方策ではできなくなります。

 もともとリタリンの適応にADHDはありませんでした。しかしそれは日本だけ。海外ではADHDの治療薬として最も多く使用されているのであり、逆にうつ病の治療薬としての位置づけはありませんでした。

 日本では製薬会社が厚生労働省に申請し、認可された医薬品としての適応に、これまでADHDを加えていません。その意味では、私たち小児科医がADHD患者に投与するのは、形式的には「適応外処方」でした。それでも実態として認められていたのは、薬理的にADHDに効果があることが分かっていて、他に変わる薬剤がなかったから。

 しかし、今後は使用できる病気と、処方できる医師が厳格に制限されることで、日本のADHD患者はリタリンを使うことができなくなります。もうすぐそうなります。子どもたちがこの薬剤を乱用したわけではないのに、最も必要とするADHD患者に使用できなくなるって、どこかおかしくはないですか!

 リタリンと同じ成分の「コンサータ」という薬剤が、もうすぐ発売されるそうです。こちらはちゃんとADHDの治療薬として。でも、販売方法はリタリンと同様に厳格に管理するのだそうです。聞くところによれば、やはりナルコレプシー患者の治療にあたる専門医だけにしぼるのだとか。そうであれば、一般の小児科医がADHD患者に使用することはできないことになります。(このコンサータは徐放性剤であり、錠剤だけだそうです。リタリンは錠剤と散剤があり、錠剤の飲めない子どもでも使用することができましたが、コンサータはそれができないので、その点でも使いづらさがあります。)

 納得できないのは、リタリンの正式な適応にADHDが入っていないこと。海外では適応があり、日本でも実態としてそうとう使われていることは周知の事実。にも関わらず、この会社は適応の追加をこれまでしてきませんでした。

 先日、この会社の担当者が訪問に来て、適応症が削除されるという内容の文書を持ってきました。今後はナルコレプシーだけになると。その説明だけして帰ろうとしたので、引き留めました。

 これまでADHDの適応を追加してこなかったことを、どう考えるのか。それは製薬会社として怠慢なのではないか・・。そんな問いかけをしましたが、担当者は何も答えられませんでした。

 厚生労働省に対しても憤慨しています。リタリンにADHDの適応がないにも関わらず、実は保険診療の中でも使われていることを知りながら、何も対応をしてきませんでした。製薬会社に対して、適応追加を指導すべきだったにもかかわらず、それをしてこなかった。

 大人の間でおきたリタリン乱用事件によって、必要な子どもたちがリタリンを使うことができなくなりそうです。その事態を引き起こしたのは、直接的は乱用に関わっていた医師や“患者”たちですが、製薬会社と厚生労働省にも相応の責任があると、私は思うのです。

 製薬会社は、子ども相手の商売では儲けにならないと考えていたのでしょうか。厚生労働省は、製薬会社から申請がないのだから、わざわざ会社に働きかける必要もないと考えていたのでしょうか。いずれにせよ、子どもたちのことを大切に考えて仕事をしていたとは思えません。

 その結果・・ADHDの子どもたちは見捨てられることになりました。悲しいことです。これが日本の今の政治であり、社会なんですね。子どもたちに冷たい仕打ちをしていることに平気でいられることが信じられません。

PS
 Googleで「リタリン」と検索してみて下さい。検索結果の上にあるバナー広告に、信じられないものを見つけました。「東京クリニック」という診療所の広告です。ここは、今回にリタリン乱用事件を引き起こした問題に診療所であり、すでに東京都の指導などが入っています。社会的な問題を引き起こし、法を犯していることを追求されている診療所の広告が、いまだ平然と使われていることに身震いする思いです。

 Googleも、結局は利益第一主義であり、社会的な使命を果たす必要はないと考えているのでしょうか。インターネットの中で「検索」という、いわば公的な役割を担う企業の、本質的なものを見てしまった気がします。

 さらに、このページには「リタリン売ります」とか「リタリン売買」などのページにジャンプするよう設定されています。その先は、もう見たくはありません。ほとんど闇の世界です。反社会的な行為に対して、野放しにするどころか、積極的にページを作っていることに、強い不快感を覚えます。

 違法な行為はしていない、と言い訳をするかもしれませんが、それが反社会的な行為であることを、ぜひ認識し、対処するよう望みます。

投稿者 tsukada : 2007年11月02日 22:51