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2007年07月31日

7月末日

 今日で7月が終わり。いろいろなことのあった月でした。その一番は新潟県中越沖地震でした。当院の被害はありませんでしたが、すぐ隣の市では壊滅的な被害があり、まだ癒えていません。

 参議院選挙は予想を超える自民党・公明党の惨敗と、民主党の躍進。選挙は終わりましたが、政治の中身はこれからが本番。これからの政治が国民の方をしっかりと向いたものになることを、しっかりと見守っていきたいと思います。

 学校などではすでに夏休みに入っています。明日からは当院のある町内でもラジオ体操が始まります。いよいよ夏休みらしくなります。

 新潟の梅雨明けも間近のよう。すでにそうとう暑くなってきました。熱中症の発生も心配されるような気候が続きますので、十分に気をつけていてください。

●「こども通信」8月号を作成しました。このHPにもアップしてあります。どうぞお読み下さい。

投稿者 tsukada : 21:28

癒されます

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 職員の赤ちゃんを少しの時間、お預かりしました。休憩時間に抱っこしていたのですが、おっぱいを飲んだあとでずっと眠ってくれました。

 赤ちゃんにとっても気持ちよかったのでしょうか。それ以上に、私にとっては癒しの時間でした。

 赤ちゃんはやっぱり可愛いですね(^o^) すっかり好々爺(こうこうや)になっていましたよ。

投稿者 tsukada : 14:14

2007年07月30日

せんせい すき!

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 思わず(*^_^*)

投稿者 tsukada : 15:14

2007年07月29日

クライマックス

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 当地の上越まつりは今日が最終日。各町内から八坂神社にお米を納める「おせん米奉納」が、そのクライマックス。若い衆を中心に、子どもたちも大人たちもヒートアップする熱いお祭りです。

 以前は男たちが主役でしたが、今では若い女性たちもけっこう参加しています。その粋な姿は絵になっていますね。

 もう一つの「まつりごと」である参議院議員選挙は、今日投票日を迎えました。事前の予想通り、いやそれ以上に与党の自民党と公明党に厳しく、民主党に大きな期待が寄せられています。さまざまな問題に対して、国民が怒りをもっていることの現れなのでしょう。これを機に、政治のあり方、政治の目指す方向に大きな変化がおきることを期待したいと思います。

 ところで、開票は午後8時から。各放送局の報道特番も8時前後からですが、放送が始まった瞬間からどんどん「当選確実」が積み上げられています。投票所の出口調査などのデータを基に放送局が独自に判断しているのだそうですが・・。

 ただの1票も開票されないうちからの「当確」には違和感を感じます。やっぱりある程度開票が進んでからにしてほしいけど、どうなんでしょう。

 放送局の「当確」が精度のよいものなら、もう開票する必要はないんじゃないの?って思いましたが、そんなことはないですよね。以前は「当確」がひっくり返ったこともありました。間違いのないよう、十分に気をつけて判断してほしいものです。

 選挙報道を見ながら、夜は更けていきそうです。 

投稿者 tsukada : 21:32

2007年07月28日

暖人ちゃん

 昨日、保育園の送迎車内に長時間取り残され、熱中症で亡くなった暖人ちゃんのことは昨日の「院長ブログ」に書き込みました。ありえないような園や保育士の対応に、怒りを覚えています。

 今日の報道ではさらに信じられないような事実が分かってきました。保育士が暖人ちゃんを見つけ出してから消防署に119番通報するまで20分を要しているというのです(あるテレビでは40分と伝えていました)。

 その間、発見した保育士から園に連絡し、その指示によって(誰が指示したのかは分かりませんが)自動車を日陰に移動させ、車内のクーラーを効かせ、おむつをかえていたそうです。暖人ちゃんの状態は、すでに心肺停止状態になっていたことは十分に考えられます。

 発見の時に呼吸をせず、心拍も停止してたとすれば、顔色は真っ青で、呼びかけに答えることはなく、ぐったりと力の全く入らない状態だったはずです。そんな暖人ちゃんに対して、発見者はさぞ動揺したことでしょう。そんな様子の子どもを見ることなど、おそらくは経験していないはずです。

 疑問なのは、なぜすぐに救急隊を要請しなかったのかという点です。保育士が心肺蘇生をしていたという報道はありません。施していたのかもしれませんが、そうだとすれば一刻の猶予も許さない状態だと判断しているはずであり、119番通報しないということと矛盾する行動です。

 おそらくは心肺蘇生をしてはいないでしょう。ひたすら暖人ちゃんの回復を祈って、顔や手や体をさすっていたのかもしれません。いやそんなこともできず、ただ時間が無為に流れていったのかもしれません。

 発見した保育士がパニック状態になっているとしても、その連絡を受けた園に残っている保育士たちはどう判断していたのでしょう。園長はその時何をしていたのでしょう。とうてい理解できないことばかりです。

 暖人ちゃんがいなくなったことを、当初は園長へも連絡していなかったとのこと。園の責任者ですから、こういった非常時こそ「出番」です。園長の手をわずらわせてはいけないという、保育士のヘンな「優しさ」があったのでしょうか。それとも、形だけの園長であり、こういった時ですら頼りにならないということなのでしょうか。

 担当の保育士だけで(他の保育士への情報伝達も十分にはできていなかったようです)探しだすことができるだろうという、きわめて甘い見通しがあったのかもしれません。元気な暖人ちゃんを見つければ、誰にも(園長にも、そして親御さんにも?)何も報告する必要がなく、その結果、叱責されることもなくてすむ、と自己保身に走ったのかもしれません。

 いずれにせよ、こういった間違った判断が、結果として幼い子どもの命を奪った、あるいは救うことができなかったということを、真摯にとらえる必要があります。危機管理対応が現場の保育士に皆無だった責任は、とても大きなものがあります。

 先ほど見たテレビのニュースでは、院長はお若い男性の方でした。人を見かけで判断してはいけないのでしょうが、園のことについて、きちんと把握し、責任を全うしているようにはとても見えませんでした。問いかける報道の人たちに対して、何も答えず振り切って、走るように逃げて行きました。こんなふうに、普段から自分の責任から逃げていたのかもしれません・・子どもたちの安全を確保するという、重要な任務から。

 組織の長である者は、トラブルが生じたときはその先頭にたって解決に向かうべきですし、事後の解決もしっかり顔を出して、説明責任を果たすべきです。それが全くできない・・やはり、その程度の園長であり、その程度の保育園なのだと、妙に納得してしまいました。

 今回の事故、いや事件については、私も保育施設の責任者として大変重大なことだととらえています。広い意味では、同じ保育の現場に責任を持つ者として、暖人ちゃんに対して申し訳ない気持ちでいます。

 当院では、今朝の全職員によるミーティングでこの問題について私から説明をし、昨日の「院長ブログ」を全員に読んでもらいました。さらに、わたぼうし病児保育室の常勤保育士には、この件についての緊急の職員会議を開催しました。

 保育士を始めすべての職員にとってこの事実はショッキングなことでした。ことの重大性を良く認識してもらえたはずですし、私たちも日常の業務(保育室だけではなく医院の方も)の中で、もしかしたら見落としてしまって子どもたちの命を脅かす危険性が潜んでいるということを、良く分かってもらえたと思います。

 保育室の業務の中では、とくに保育室から医院へ診察に出かける時などにきちんと点呼をとることなど、これまでも行ってはいましたが、それでも特に見落としがないようにするためにどうすればいいか、具体的なマニュアルの作成も含めて真剣に討議を行いました。

 しかし、どこでミスが起きてしまうか分からないのが私たちの仕事です。一つのわずかなミスが、ときに重大な結果をもたらしてしまうことを肝に銘じて、日々の保育や小児医療の業務に専念することを今一度確認しました。今回の出来事についても、「他山の石」として、そこから多くのものを学んでいきたいと思っています。

投稿者 tsukada : 20:17

もう一つの「まつり」

 お神輿が町中を回っていますが、それぞれに「ご祝儀」を差し上げています。おめでたいお神輿を引き回して来ていただ木、ありがたいこと、この上ありません。

 今日の午後は医院に残って仕事をしていました。時折お神輿がやってきて、そのたびにご祝儀を持参。「おめでとうございます」「ありがとうございます」と声を掛け合いました。

 もう少し仕事をしていると、またまた多くから声が。それっとイスから立ちあがると、ちょっと雰囲気が違います。女性の高い声で何かをしゃっべっています。お神輿のかけ声ではなさそう。

 正体が分かりました。明日の参議院選挙の候補者宣伝カーでした。・・ご祝儀を持って行かなくて良かった(^^;)

 でも、似ていなくもありません。昔から政治のことを「政(まつりごと)」と呼んでいます。お祭りも、そのルーツはきっと政治の儀式に関係があったはず(歴史に詳しくない理系人間の言うことですから、あまり信用はできませんが)。

 明日はその投票日。年金問題、少子高齢化社会、格差拡大社会・・今の日本は実に大きな問題を抱え、歴史の中で大きな曲がり角にさしかかっています。みなさんもそれぞれのお考えがあることでしょう。ぜひ投票に行き、その思いを貴重な1票に託してください。もちろん私も投票に行きます!

 明日の夜、政治の大きな転換期が訪れるような予感がしています。

投稿者 tsukada : 15:36

上越まつり

 当地では夏祭りの真っ最中。各町内のお神輿が町中を巡行しています。

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 今日は午前中は雨が降っていましたが、午後からは良いお天気。気温が上がってくると熱中症なども心配になります。

 近くを通りかかったお神輿を見ていたら、子どもたちの様子をこまめにチェックしていました。そう、そんなふうに良〜く注意していてくださいね。

投稿者 tsukada : 14:49

2007年07月27日

熱中症

 今日は東海地方でも梅雨が明けたとのこと。新潟も気温が上昇、真夏日になりました。

 当地の上越まつりも直江津地区に移り、いよいよ佳境。3日間に渡り、各町内のお神輿を引き回します。港町らしい勇壮なお祭りです。

 この時期は1学期が終わり、夏休みに入ります。そしてそろそろ梅雨も明ける頃なので、暑さはつきもの。私も自分の子どもがまだ小さかった頃は、お神輿の巡行に付いてまわりました。普段はクーラーの効いている所にばかりいるので、炎天下の屋外に体が慣れず、きつかったことを今でも思い出しています。

 子どもたちは楽しいし、気分が乗っていると“限界”を超えてもまだ頑張っちゃいます。油断すると熱中症などの事故や病気にもなりかねません。周りの大人が十分に注意をしていて下さい。

 さきほど、とてもショッキングなニュースがありました。北九州市の保育園で、屋外に駐車中の園の送迎バスの中で一人の園児が熱中症で死亡したというのです。遠足からの帰りにそのままバスの中に取り残され、3時間半後に発見されましたが、救急隊が駆けつけた時にはすでに心肺停止状態。病院に運ばれましたが、直後に死亡が確認されたました。

 今日の北九州市は最高気温が33.4度と、今年一番の暑さ。クーラーを切られ、密閉された車内は猛烈な暑さになっていたことは想像に難くありません。そんな過酷な環境では10分程度で熱中症が発生してしまいます。そして熱中症は容易に死に至るほど、重篤なものです。

 報道では、遠足から園に戻ってきたのは午後1時頃。4時頃、おやつのプリンが一つ残ったことから、園児が一人行方不明であることを認識し、そこから保育士が捜索開始。4時50分頃、このバスを別の駐車場に移動(この時には園児に気づいていない)。5時頃、バスに他の園児の帽子を置き忘れていて、それを取りにいったところ、車内にグッタリとしている園児を発見。そして救急隊の出動を要請したという流れのようです。

 この流れの中でおかしな点がいくつかあります。遠足に出かけて帰って来たときに全園児の点呼をしていなかったこと(暑い中で外出したのですから、健康状態のチェックも必要だったはず)。一人の園児が行方不明になってから、保育士たちはそれなりに努力して探したのでしょうが、バスの中を見ていませんでした(数時間前に遠足に行ってきたわけですから、その前後の失踪ということも容易に考えられるはずですが、どうしてしまったのでしょう。「バスに残っているはずはない」と思いこんでしまったのでしょうか)。

 発見の10分前、保育士がバスに乗り込んで運転しているにも関わらず、やはり園児を発見していません(すでに3時間以上たっているにも関わらず、ここに至ってもまだバスに取り残された可能性があることを、保育士たちが認識していなかった証拠になるでしょう)。そして、最後に見つかったのも、他の園児の帽子を取りにいっての偶然でした(「人」が「物」より軽んじられていたような印象を受けます。今回の事故を象徴しているような出来事かもしれません)。

 数年前のことですが、園舎の中で園児が熱中症で死亡するという事故がありました。子どもたちが鬼ごっこをしていた時、一人の園児が物入れの中に隠れ、そのまま放置されたしまったことから熱中症になったということでした。このときも、保育士はこの子を数時間も「忘れて」しまっていました。

 子どもたちが安心して楽しく過ごせるはずの保育園で、このような事故(事件?)が起きてしまったことをとても残念に思います。保育園の安全管理がどうであったか、保育の基本的な業務のあり方について、大いに問題にされるべきです。また、保育のプロである保育士の資質や仕事の取り組み方にも、きちんと反省すべきところがあります。

 私も実は同じ立場に立っています。「わたぼうし病児保育室」という保育施設の施設長をしていて、その管理に責任を持つ者です。少ない時で数名、多いときには20名以上のお子さんをお預かりします。7名の保育士が担当していますので、普通の保育園よりも一人一人の子どもにかける余裕はありますが、それでも細心の注意が必要です。

 健康ではない子どもたちを預かっているわけですから、お子さんの病状を良く観察しながら、適切な対処が随時求められます。遠足など、園の外に出かける活動はありませんが、それでも園舎の中や医院の施設内で所在が分からなくなることがないとも言えません。先の事例のような園内での熱中症の発生もそうですが、それ以外にも医療器具などによる事故や、診察時には一般の方とも接触する場面もあるため、連れ去られてしまう可能性もゼロではありません。

 園舎の外に出られないように施錠はしていますが、それでも外に飛び出していってしまうかもしれません(錠は子どもの手の届かない高さになっていますが、イスなどに乗れば手が届くかもしれませんし、保育士などが出入りした時に施錠を忘れてしまうことがあるかもしれません)。

 火災や地震などの災害時には園舎の外に避難することになりますが、全園児の安全確保や点呼が的確に行えるかどうかも、緊急時の対応として重要になります。

 病児保育を行っているために、たえずお子さんの体調をチェックする必要があります。定時的に看護師がメディカルチェックをしていますし、昼食やおやつ、小さい子はミルクや水分についても、その量や摂取の様子を保育士が確認しています。それが同時に全園児の点呼にもなっている点を、よりいっそう意識して行うことで、事故の可能性は減るでしょう。

 一方で、お預かりする子どもたちが日々変わるという点は、病児保育を行っている保育施設の最大の特徴かもしれません。あらかじめ登録をお願いしていますが、全てのお子さんについて保育士が知っているという状態にはなりません(現在、登録者は600名以上います)。利用の必要性は突発的に生じますし、前日までの予約がなく当日急に預かる子が大半です。事前の予約がなくても、必要があれば全ての病児を受け入れています。

 そんな状況ですので、お預かりするお子さんについて、基本的な情報をしっかり把握し、保育士の間で共有することはとても重要な業務になります。初めてお会いする子も預かるわけですので、一人一人のお子さんをしっかり見守っておかないといけません。そこに「空き」があると、事故が起きる可能性が高まってしまいます。

 北九州市での事故の詳細については、これからの警察の取り調べで明らかになることでしょう。おそらく園や保育士の刑事責任は免れないと思います。でも、それだけで終わってはいけないのだと思います。

 ぜひはっきりさえていただきたいことは、その原因と、今後の防止策です。子どもたちを預かる施設では、どこでも起こりうる事故だとしてとらえて欲しいのです。そして、同じような事故をけっして繰り返さないことが、今日亡くなったお子さんと、そのご両親に報いることになると思います。

 朝、元気に登園していった暖人(はると)ちゃんは、もう笑顔を見せてくれることはありません。わずか2歳で、命を失いました。ご冥福をお祈りいたします。

投稿者 tsukada : 23:59

2007年07月26日

花火大会(*^_^*)

 日本列島の梅雨は南の方から徐々にあけてきています。でも新潟はまだ。中越沖地震の被災地も昨日から大雨に見舞われているようです。

 当地も昨夜、そして今日の午前中はときおり雨が強く降っていました。上越祭りの最中なので、お天気が気になります。今夜は直江津港での花火大会。

 幸い午後から雨があがり、花火大会は予定通りに催されました。楽しみにしていた人たちが多いので、良かったですね。

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投稿者 tsukada : 21:17

2007年07月25日

祝・上越祭り

 どこでやっているのか分からないと「院長ブログ」に書いてしまった上越祭りですが、ちゃんとやっていました。メインストリートの本町通りというところを歩行者天国にし、そこで“ストリート・パフォーマンス”が繰り広げられていました。

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 といっても、お祭りを見たくて行ったわけではありません。地元のエフエム放送(FM上越)で番組を担当してますが、その収録に近くのビルに行ったのでした。

 近寄ったときから「イヤな予感」がしていました。すぐ近くで和太鼓の音が・・。録音スタジオに入ったのですが、すぐ近くでやっているために、その音が入ってしまいます。番組としては問題になりそうです。

 それと、お祭りの中を通るとこっちも「お祭り気分」になってしまいます。まじめに(?)小児医療の話題を話すのがおっくうに。

 かくして、明日放送分だけを録音し、それ以降の分は来週回しにすることにしました。(明日はまだお祭りの真っ最中なので、番組の“バック音楽”に太鼓の音がしても違和感はないでしょうね。むしろピッタリかも)

 ほんの少しですが、思いがけず祭り気分を味舞うことができた水曜日でした。

投稿者 tsukada : 22:38

2007年07月24日

備蓄

 今日はテレビを見ながら、怒りがこみあげてきました。中越沖地震の対応についてのニュースです。

 柏崎市では、災害用に備蓄していた医薬品33種類中22種類が使用期限切れで使えず。体温計や注射器も使えなかったそうです。昨年の点検で気づいて、今年度の予算80万円を計上してけれど、実行する前に地震に見舞われてしまったというのです。

 何とも情けない話。予算に余裕がなくても優先的にまかなわなくてはいけない物。昨年認識していたのに、直ちに改善することをしていなかっただけでも怠慢です。まして、今年度の予算がついているのですから、年度当初にすぐ実行していれば、どれだけ役に立ったことか。こういうのを「後の祭り」というのでしょうね。

 市は昨年点検して期限切れに気づいたと言っているようですが、それがそもそもおかしい。医薬品、食料品、水などはすべて消費期限があります。それを過ぎないように管理するのは、当然のこと。常識以前です。購入時に期限が分かるわけですから、その後の物品入れ替えのための購入計画は自ずとできてくるのです。

 その意味では、災害対策のための備蓄が、ほんとうに災害に役立つものになるようにするという認識が最初からなかったと言っても過言ではないでしょう。いかにも役所仕事です。「仏を作って魂入れず」のようなものかもしれません。

 こんなに早く大地震が来るとは思わなかった、という弁解がましい言葉を良く聞きます。それは言い訳にもならないこと。確かに結果論かもしれませんが、災害に対する備えをするようにと、日頃から住民に「説教」している行政がこんなレベルのことかと、あきれるばかりです。

そのほかでも食料や水などは、実際の必要量をはるかに下回る量しか用意して折らず、住民を災害から守ろうとする意志がほんとうにあったのか、疑わしくなります。

 そんな柏崎市の惨状に輪をかけているのが、隣の刈羽村です。これもある民放のニュースで取り上げたれていたことです。それによれば、ここでは主食や水の備蓄は極端に少なく、副食はゼロだとか。ずいぶんと住民をバカにしたものです。実際に地震当日は役場は全く対応できず、避難所におにぎりと水が到着したのが当日夜。それ以外の人たちへは翌日になってやっとというのです。

 しかし、何よりもあきれるのはインタビューを受けている役場の責任者でした(課長だったかな?)。彼は「最大限の努力をした」「住民にそれほど迷惑をかけてはいない」と言い張ります。

 それに加えて、いざというときには農協に依頼して、倉庫にある米を臨時に回してもらう計画だったとか。でも、当の農協関係者は村の備蓄米と扱われていることを知らされていなかったそうです。地震当日役場から依頼があり、急きょ数百キロの米を提供しましたが、水もガスもない被災地では炊飯することはできず、被災者の口に入ることはありませんでした。

 それでも「最大限のことをした」と言ってしまう役人は、どこをむいて仕事をしているのでしょう。彼は「農協には災害時に米を提供する道義的な責任がある」とまで言い切っています。そんなこと、役場から言われたくはない、というのが、きっと農協の方々の本音でしょうね。

 自分たちでは何も備蓄しておらず、いざという時の対応をあらかじめ協議し、必要なことを依頼しておくこともなく、そして一大事になると「火事場泥棒」のように米を“供出”させるなんて、いったいどの時代の役人たちのすることなのでしょう。

 こんな人たちが住民の税金で仕事をしているなんて思うだけで、怒り心頭に発っします。起きてしまったことはもう変えられないけれど、それを謙虚に反省し、その中から何を変えていくべきかという方針を丁寧に作っていくことをしない限り、いつまでたっても同じことを繰り返すことでしょう。

 これがたった一人の役人の間違った言動だということならまだ救いようがあるかもしれません。この過ちに気づき、役所として猛省するのであれば。でも・・こんな人を管理職に置いておくくらいですから、役所が完全に機能不全に陥っているのかもしれません。今回の中越沖地震は、役人の良心さえも壊してしまったのでしょうか。

投稿者 tsukada : 23:47

2007年07月23日

花火大会は?

 中越沖地震の発生から今日で1週間。11人目の死亡者が出たと、さきほどのニュースでは伝えていました。いまだ自宅に戻れず、避難所暮らしをしている方も数千人おられるそうです。心身の疲労も限界に近づいていることでしょう。ほんとうに1日も早く元の生活に戻られることを願っています。

 話題は変わります。今日7月23日は当地(上越市)の夏祭りである祇園祭の始まりの日です。29日までの1週間、多彩な催しが予定されています。

 でも・・どこで祭りが始まったのか分からないくらい、静かです。にぎやかなのは参議院選挙の宣伝カーくらい。いつもの日と全く変わりありません。こんな年はなかったはずなのに・・。

 それは震災のためではありません。すぐ近くで大きな地震があり、今でも多くの方が困っている状況なので、お祭り騒ぎはいかがなもの・・そんな気持ちがないわけではありません。でも、実はそれでは困る面もあります。

 観光を県の産業の柱にすえていますので、“お祭り”は大切。それがなくては、観光客をお呼びすることはできなくなります。実際に地震後は当県への旅行をキャンセルする方が多いのだか。地震そのものよりも、原発事故による放射能汚染を心配されている方も多いと聞き、がっかりです(実際に漏れた量はごく微量であり、環境への影響はありません。あたかも日本海側がそうとう汚染されたというようなイメージが作られてしまったことは残念と言わざるを得ません。「風評被害」は実に怖いことだと、実感しています)。

 そんな背景がありますので、柏崎市の隣である上越市でも、むしろ元気にみんなでお祭りをもり立てることが、今後の復興に向けても大切です。それなのに・・祭りが見えてきません。

 原因は分かっています。祭りの始まり「ある催し物」がないのです。それは花火大会です。

 上越市の夏祭りは“二部構成”になっています。20数年前に合併する前は高田市と直江津市の両方に、それぞれの祭りがありました。それを「合体」して1週間もの長期の祭りが今の姿です。一緒になったと言っても、実はそれぞれはそのまま行っていて、真ん中の1日を同じ日にしているだけ。

 それぞれに歴史があるので、一本化するのはなかなか難しいという事情があるのでしょうね。それぞれの行事がそのまま残っているので、花火大会も2回。高田で1回、直江津で1回。高田の花火大会が祭りの初日である7月23日と、長らく決まっていました、一昨年までは。

 10年くらい前までは高田公園の中で打ち上げていました。そこはまさに街の真ん中。私が幼い頃からずっとそこで行われていました。確かに規模は小さかったのかもしれませんが、子どもの私にはとても大きくて見事な花火だったことを、今でも良く覚えています。

 小振りではありますが、街中ですから気軽に出かけてきて、楽しむことができます。直江津の花火が港と海を使って大きな花火を打ち上げていることからすると見劣りがしますが、それでも高田地区の市民にとっては楽しみでした。

 しかし、やはり大きな花火を上げたいという期待があったようで、開催地を変更。近くの河川敷で打ち上げるようになりました。これがあだとなった形です。会場整備や警備の費用がそうとう高くなってしまったというのです。そこに不況のためにスポンサーが集まりにくい事情も。

 かくして「高田の花火大会は隔年開催」と決まり、昨年はお休み。今年は2年分の費用をつぎ込んで大々的にやる!と思っていたら、数か月前に方針が変更されました。それは「高田の花火大会は中止する」というものです。費用に見合うスポンサーがいないというのが、もっぱらの理由だそうです。

 でもちょっと待ってください! 昨年と言っていることが違うじゃないですか。去年は「来年はするから、一回はお休みです」とアナウンスしていました。それが市民への約束です。その後の状況がどのように変わったのかは分かりませんが、「公約違反」であることは明らか。

 昨年の段階で、今後の開催の見通しが立っていなかったのなら、どうして「隔年開催」と決めたのでしょう。問題を先送りするのは日本の得意技だということですが、こんなところで使わなくても、とあきれるばかりです。

 実は昨年から決まっていたのではないか、とも思っています。いきなり「中止」と発表されれば、反発する声が大きくなるでしょう。とりあえず「来年はあるのだから我慢して」と懐柔しておくことで、市民の不満が爆発しないように上手に“軟着陸”させた、というのが私の推測なのですが、いかがでしょう。

 開催が今後もとても厳しいというのが分かっていたわけですから、そうであれば「高田の花火はこれが最後!」と宣伝すれば、それを惜しむ企業などからそうとうスポンサーになってもらえたはず。一般の市民の方からも多くの協力が得られたことでしょう。チャンスをみすみす逃してしまったように思います。

 詐欺まがいの決め方をしたおかげで、「最後の花火」を心の中に刻むこともできなくなりました。一昨年の花火大会が、高田地区の最後だったのに。長い歴史を閉じる、文字通り「最後の花火」を、市民に心ゆくまで見てもらうことができずに、いつのまにか終わってしまいました。

 夏祭りなのですから、じめじめ・うじうじした様子は似合いませんよね。ぜひ「シューーーー・ドーッン」と大きく大輪の花を夜空に咲かせて、有終の美を飾って欲しかったです。今となってはもうかなわぬ夏の夢物語ですが。

 かくして、今日から夏祭りだというのに、その面影がどこにも見えません。残念なことです。

投稿者 tsukada : 22:42

2007年07月21日

夏祭り

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 時節柄、地震被災地のように見えてしまいますが、違います。医院の近くで行われた夏祭りの風景です。

 近隣の医院がいくつか集まっての納涼会。職員の子どもたちもたくさん来ていました。定番のバーベキューの他にも美味しい物がたくさん。子どもたちには花火も用意され、とても楽しく過ごしていました。

 実はこの地区に、私の高校同級生の医者が他に二人います。内科医と獣医師です。大学後輩の眼科医もいます。その他の先生方も、お子さんが私のところに良く来られるなど、顔なじみの方が少なくありません。私が具合を悪くすると診てもらうこともあり、そこの職員の方にもお世話になっています。

 自分の子どもたちが小さかった頃は、保育園や学校、そして地域の催し物に一緒に行くこともよくありました。でも今では子どもたちもみんな大きくなり、こんなふうに楽しませてもらうことは珍しくなりました。お仲間に入れてもいただき、嬉しかったです。ありがとうございました。

 中越沖地震の被災地からわずかしか離れておらず、そこではまだ多くの方々が辛い思いをしていることを思うと、申し訳ない気持ちもしていて、やや複雑な心境でもあります。でも、子どもたちのとってはどんな時でも楽しく過ごすことは必要だと思っています。ここは子どもたちに免じて、ご勘弁を下さい。

投稿者 tsukada : 20:31

2007年07月20日

雨の被災地

 昨日は気温が上がり暑い一日でしたが、今日は雨模様。気温はさほど下がらず、湿度が高まるばかりで、蒸し暑い一日でした。中越沖地震の被災地は、さぞ過ごしにくかったことでしょう。

 今回の地震で柏崎原発が全面操業停止に陥りました。消防法の規定により柏崎市長は施設の一部を危険と指摘し、使用停止命令も出されています。しかし、これは原子力発電についての規定としてではないことに、注目する必要があります。あくまでも「地元の消防署の判断」。原子力と規制する国の仕事として、きちんと原発を指導・監督できていないことを象徴しているように思えて、皮肉です。

 国や東京電力の心配事は、もっぱら夏場の電力事情です。よその県に作っておいた原発が使えなくなったので、電力需要が高まる猛暑をどうすれば乗り切れるかというのが、今の関心事。放射能汚染におびえる「よその人たち」を思いやることはできないようです。

 確かに電力の安定供給は国に一大事です。もし十分な電気を送ることができなければ、大きな被害をもたらしてしまうでしょう。それは分かるのですが、でも、そうだからといって自分たちのために他人が犠牲になったり、辛い思いをしていてもかまわないというのは、おかしいなことです。どこかで何かが狂ってはいませんか?

 この地震による被害が思わぬところに出ているといってニュースで話題になっています。自動車の部品工場が操業できなくなったため、トヨタを始めとした日本中のほとんどの自動車工場が生産をストップしているというのです。

 地方の小さな(?)工場が、品質で日本のトップクラスの部品を生産し、多くの自動車メーカーに供給しているということを初めて知りました。地元にもそんな優秀な技術をもった会社や技術者がいたんだということを知り、嬉しく思いました。と同時に、複雑な気持ちでもいます。

 この工場の再建のために、日本中の自動車メーカーから労働者が派遣され、その数は700名を超えているのだそうです。その結果、23日には操業を再開し、部品が供給されることになるとのこと。生産ラインを止めている自動車メーカーにとっては、朗報になることでしょう。

 でも、日本中から集まっているのは、結局は自分の会社のためだけなのではないか、とも思ってしまいます。一方では、いまだ数百人が不自由な避難所くらいをし、倒壊した家の片付けもできないでいる人たちが大勢います。地域の再生は、まだまだ遠い先のこと。その道筋もまだ見えてはいないのではないかと思います。

 トヨタは今や世界一の規模の自動車メーカーになりました。空前の売り上げと利益をあげています。生産ラインが止まることが会社としての生命線だという考えなのでしょう。でも、苦しんでいる地域の人たちに目を向け、手をさしのべることがどうしてできないのでしょう。

 利益至上主義だ!などと声高(こわだか)に非難しようとは思いません。それが資本主義社会で生き残る鉄則なのでしょう。弱肉強食。でも、そんな論理だけで、この社会が豊かになるはずがありません。人々が幸せになることもないでしょう。

 今困っている人たちに真っ先に手をさしのべるような温かい心があれば、被災地にいる多くの人たちを救うことができるでしょう。それが企業の社会的責務なのではないでしょうか。

 もっとも、今回の自動車工場の全面操業ストップにいたった原因の一つである「カンバン方式」自体が、大きな問題をもっています。メーカーは在庫をもたず、それを下請けや関連会社に押しつける方法です。ラインの進み具合などからその時々で出される気まぐれな発注指示は、部品メーカーなどに必要以上の負担を押しつけています。

 この「カンバン方式」によって自動車メーカーはコスト削減ができ、世界の中で競争できる自動車を作ることができるようになりました。でも、それは下請けなどの犠牲の上でなりたっているのではないでしょうか。そうだとしたら、こういった生産方式は、どこかで改める必要があります。

 そんな「カンバン方式」を推し進める人たちにとっては、震災で苦しんでいる人たちの様子は目に入らないのかもしれません。そうだとすれば、何とも悲しい現実が見えてきてしまいます。

 日本は、例えば自動車産業では世界のトップを誇っているのに、一方で毎日の生活にも困難を抱えている人たちが以前より増して多くなっている、そんな現実があります。自分だけが良い思いをしたい、他人のことはどうでも良い・・そんなふうに考える人たちが、確実に増えているように思えて仕方ありません。

 原発事故のことといい、自動車部品の工場損壊といい、それらの中から共通して見えてきたものは、人間社会の有り様を考え直した方が良いという警告なのではないか、そう私には思えます。

投稿者 tsukada : 23:22

2007年07月19日

原発事故

 今日の上越市は30度を超える真夏日になりました。仕事柄一日中室内にいますが、それでも汗ばんできます。クーラーはずっとつけたまま。夜になってもクーラーのお世話になっているほどです。

 隣の柏崎市でも暑い一日だったようです。被災地ではまだ電気も水道もとまったままのところが多数あります。冷房の設備のない避難所暮らしは、さぞ辛いことでしょう。クーラーを使えることが、申し訳なく感じるほどです。

 中越沖地震の発生から丸3日がたちました。疲れもそうとうたまってきていることでしょう。生活環境も、気象条件も悪くなる一方です。病気にならないようにするためにも、1日も早く「普通の生活」に戻れることを心より祈っております。

 今回の地震で特徴的なことの一つは、日本の電力に関わっていることでしょう。日本有数の大規模な原子力発電所があり、その直下で大地震がおきました。国や電力会社が安全だと言い続けてきた原発が、実はこんなにも地震に弱かったのかと思い知られています。

 当日の火災の様子は、ヘリコプターからの中継で日本中にリアルタイムに報道されました。でも、消火活動は行われず、消防署から消防車が到着して消火をし、鎮火するまで2時間もかかりました。その間、「なぜ火を消そうとしないのか?」「自前の消防車はないのか?」「職員は何をしているのか?」と、いらだちを覚えながらテレビの中継を見守っていました。

 一瞬思い出したのが、愛知県での銃撃事件です。暴力団組員に銃で撃たれた警官が、救助されることなく、現場に数時間も“放置”された事件です。このときもヘリからの映像が、日本中に衝撃をもたらしました。「警察は彼を見殺しにするのか!?」と。

 ある意味で怖い時代です。現場にいる者や関係者は事態を見極めることができず、手をこまねいている一方で、その様子がリアルタイムに日本中、そして世界中へ向けて配信され、私たち一般の人に知れ渡ります。生の映像は、何より強いインパクトを与えます。

 その中で一度できた「印象」は、あとでどのように話しても払拭することはできません。ときには言い訳にように聞こえることで、よけいに「印象」を悪化させます。

 今回の原発事故では、その後に多数のトラブルが報告されています。まだまだ出てきそうですし、全容が分かるのはそうとう先になるかもしれません。それが全て明らかになり、きちんと説明され、そして完璧に対策が整ったとしても、私たちに植え付けられた「印象」が変わることは、難しいでしょう。

 原子力発電について言えば、これはまだ技術的に完成されたものではないことを大前提に物事を進める必要があります。通常の運転はできますし、大きな電気をそこから得ることができるようになっています。

 でも、万一の事故が発生すると、その影響は計り知れないものがあります。ソ連のチェルノブイリの事故、アメリカのスリーマイル島の事故を持ち出すまでもなく、原発事故は大きな範囲に壊滅的な事態を引き起こします。

 そういった事故を起こさないような対策が、完璧にできることはありません。「安全」だと言っているのは、一定の条件の範囲内で大きな事故にならないように設計されているというだけです。その条件が違ってくれば、何が起きるか、誰にも分かりません。「想定の範囲」を少しずつ広げていくことはできますが、無限に拡大することは不可能なことです。

 その時点での「想定の範囲」がどのようなものであるかをハッキリさせた上で、それを逸脱する「想定外」のことが起こりうることを認める必要があります。今回の地震が、近くにはないはずの活断層によって引き起こされた(それも真下にあるのだという!!)ことが、何よりそれを雄弁に物語っています。

 原発から出ている「核の廃棄物」についても、何も対策がないまま運転が続けられています。大量に出てくる「汚れたゴミ」を適切に処理する技術もないので、今はそれを貯め込んでいるだけ。今回の事故では、その中から放射能が外部に漏れ出てしまいました。

 当面はそれを施設内でプールしておくにしても、いずれ満杯になるのは目に見えています。問題を先送りして、いずれ新しい技術や解決策がでてくるのを待てば良いと考えるのは、楽観主義者ではなく、途方もない大馬鹿者のすること。未来に対して、今の社会が無責任さを押しつけているだけです。

 こんな点でも、現在の原子力発電はまだ試験段階。営業運転することがそもそも大問題なのですが、運転するにしてもさまざまなトラブルが起きることを前提にしていなければいけません。「絶対に安全だ」と言い放つのは、きわめて危険な行動です。今回の原発事故は、それを証明しています。

 でも、ここまで大きな問題になっても、こんなふうに根本から考え直すことはしないのでしょうね。すでに日本の電力の何割かを原子力に依存している状況があります。だから原子力発電は止められない、という論理・・そこが根本的におかしいのだと思います。

 ところで柏崎にある原発は「東京電力」のもの。主に首都圏に送電しています(柏崎市から始まって、日本列島を横断する巨大な送電線があります)。地元の新潟県は「東北電力」が担当していて、柏崎原発のお世話にはなっていません。でも、その「恐怖」にさらされているのは、私たち新潟県民です。

 もし原発が絶対に安全だというのであれば、どうして関東に作らないのか、いつも不思議に思っていました。実は危険なものだと分かっていたので、自分たちのところには作らなかった・・そんなうがった見方もありますが、残念ながら今回の原発事故は、それもあながち間違いではないことを証明してしまったようです。

投稿者 tsukada : 21:29

2007年07月18日

世界の子どもにワクチンを

 7月7日に開かれた「上越子育てフォーラム」の様子が、「世界の子どもにワクチンを 日本委員会」のHPに紹介されました。どうぞお読み下さい。

世界の子どもにワクチンを 日本委員会

投稿者 tsukada : 23:03

2007年07月17日

地震の影響

 中越沖地震から1日経ち、その被害は想像をはるかにこえるものだということが分かってきました。電気、水道、ガスなどのいわゆるライフラインもまだ確保されず、多数の方がおられる避難所にも十分な水や食料、トイレなどが供給されていないようです。被災地の様子が心配です。

 わずか30キロほどしか離れていない場所が、これほどの被害にあっているということを、まだ信じられない気持ちです。私の周囲に大きな影響がなかったことも、ただの偶然だったのかもしれません。

 医院には多くの方からお見舞いのお電話やメールをいただきました。当院は被害がまったくなく、診療も通常通り行うことができています。ご心配をいただき、ありがとうございました。お心遣いに感謝しております。

 受診者の中で震災に関係した方も多少おられました。あれだけの大きな地震の揺れを経験したために、精神的に不安定になったり、体調を崩してしまっても不思議ではありません。当院に受診した子どもはまだ少数ですし、軽い症状ですが、今後も引き続き注意をしていきたいと思っています。

 大きな余震がおきる可能性もまだあるようです。先の「新潟県中越地震」では確か3日ほど経ってから、診療中に余震があり、びっくりしました。気象庁からもここ1週間ほどは警戒するようにという注意換気もされています。

 余震発生時の対応のために、医院では待合室に保育士を配置しました。保育士は病児保育室に勤務していますが、ふだんから、勤務に余裕があるときには、できるだけ待合室で子どもたちに本の読み聞かせなどをするようにしています。今回は、万一の際の安全確保のために、子どもがいる場所には必ず職員を置くことにしたものです。

 また、子どもたちの中には地震に対して不安を訴える子もいるかもしれないので、そんな様子の子どもさんがいたら、丁寧に話を聞くように指示を出しています。保育士からの報告では、地震で体験したことを話してくれた子が何人もいるようです。

 大地震発生後のPTSD(外傷後心的ストレス症候群)について、最近分かってきたことですが、子どもたちは不安な気持ちがあとで出てくることがよくあります。震災直後は大人たちの大変そうな様子を見ていて「お利口さん」にしているけれど、少し周囲が落ち着いてくると、その時の怖い体験がよみがえってきたりして不安定になりやすい。

 そのような時には、子どもの話を良く聞いてあげたり、その時の気持ちを絵に描かせてみるなど、言葉や絵で表現させることも大切なのだそうです。大人たちは普通の生活に戻って、自分の気持ちはある程度整理できている時なので、子どもたちの気持ちを推し量ることができにくくなっていることが、子どもたちのとってはよけいストレスになってくるようです。

 怖い体験を話させるとことは、忘れかけていたものを思い出させるからやめた方がいい・・そんなふうに思いがちですが、そうではないということです。むしろ、心の奥深くにしまい込んでしまわず、それを表現させて、自分自身で客観しすることができるようにしてあげることが、心の整理につながっていきます。

 何よりも、安心して話せる大人や友だちの存在は大きな意味をもちます。親御さんだけでなく、保育士、教師、私たち医療従事者、そして周囲にいる全ての大人たちが、子どもたちを温かく見守ってあげる姿勢を持つことが重要です。

 震災では直接には「物」が破壊されますが、ときには「心」も壊されてしまいます。1日も早い復興をお祈りしておりますが、その中に「心」のケアも忘れないようお願いします。

投稿者 tsukada : 23:59

2007年07月16日

中越沖地震

 この連休は台風4号を心配していました。新潟は進路からもはずれ、天気もそれほど悪くならずにほっとしていたところに、今日は大地震が当地を襲いました。M6.8の「中越沖地震」です。

 ここ上越市から数十キロのところにある柏崎市を中心として、震度6強の大きな地震でした。被害もそうとう出ているようです。報道ではすでに死者7名とか。ニュースでは倒壊した家屋や崖崩れなど、地震の傷跡が生々しく映されていました。

 上越市でも震度5弱の揺れを経験しました。私はちょうど医院にいましたが、大きな揺れに驚き、室内にいた犬を抱きしめ、揺れの止まるのをじっと待っていました。

 医院では水槽の水がこぼれて周囲を濡らした程度で、大きな被害はありませんでした。自宅でも花瓶が倒れた程度で、物の被害はなし。電気やガス、水道も大丈夫。やれやれ。

 「6弱」の上越市でほとんど被害がないようだったので、「6強」の柏崎市でもさほどではないのかな、と思ったのは大間違いでした。その後テレビをずっとつけていましたが、実は被害は甚大だったということが次第に分かりました。余震も多く発生し、被災地は大混乱していることを実感しました。

 新潟では3年ほど前に大きな地震を経験しています。「新潟県中越地震」です(2004年10月23日)。記憶にまだ新しいものです。そこからわずかしか離れていないところで、同じような地震がまた起きてしまいました。

 地震が起きることは自然現象であり、人知の及ぶところではありません。一方で、地震による被害を最小限にするのは人間の努力しだい。今回はどれだけの対策がとられていたのか。そして今、この瞬間に被災者の救助や救済はきちんとされているのでしょうか。

 「災害は忘れたことにやってくる」という格言(?)がありますが、どうもそうではないようです。「災害は・・忘れないうちにもやってくる」。

 大切なのはその対策であり、対応です。わずか数年前の地震災害の経験がどれくらい生かされていたのか、いずれきちんと検討する必要があるでしょう。

 被災地の方々におかれましては、不安な夜を過ごされていることと思います。どうか、1日も早く、平穏な生活に戻ることができるようお祈り申し上げます。

投稿者 tsukada : 21:36

2007年07月15日

台風猛威

 7月としては最大の台風4号が日本列島を襲いました。その被害は九州など、西日本で多数でていて、猛威という形容詞だけではまだ足りないようです。

 こんな大きな規模になったのは、なにやら異常気象と関係があるとする人もいました。人間社会が自然環境を変えてしまったのかもしれません。

 それならば、人間の知恵で台風のコントロールができないものかと思ってしまいますが、それは無理なことなのでしょう。そんなことを考えることが、そもそも「人間万能主義」だと言われかねません。

 台風を含めて多くの自然災害は、それがおきることを前提に考えていく必要がありそうです。もしもこういった災害がおきたとしても大きな被害にならないように、私たちの生活や社会環境を変えていくことこそ大切なのでしょう。

 新潟は今回の台風の影響はほとんどありませんでした。昨夜から雨模様ですが、それほど大降りにならず、風もあまり降りませんでした。

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 雨が小降りの時を見計らって、我が家のコーギと散歩に出かけました。お堀の蓮も、少しずつ花を開かせ、夏が間近なことを教えてくれています。

 連休なのに、人出はまばら。ちょっと寂しい日曜の公園でした。

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投稿者 tsukada : 19:05

2007年07月14日

モトローラー

 携帯電話の話です。私が使い始めたのは、もう15年くらい前。それまで「ショルダーフォン」と呼ばれていたバカでかいものから、やっと持ち運びに耐えるくらいの大きさになったときからのお付き合いです。

 1年とか2年に一度は買い換えていますので、10代目くらいにはなるでしょう。そのたびに小さくなり、機能が増えてくるのは嬉しいのですが、その進化のスピードにしだいに取り残されてしまっている感じもしています。あとから使い始めた人たちに、追い越されてしまいました。

 使い道も使い方も分からないような機能が多くなりすぎている、なんて思うのは、オヤジの負け惜しみでしょうか。

 今使っているのは、ドコモのM702isという携帯です。昨年の秋に発売され、年末に購入したものです。

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 日本製の携帯電話がほとんどですが(私もこれまではそれしか使ったことがありません)、これはアメリカ製。モトローラーという会社のものです。日本では携帯電話としてのなじみがほとんどありませんが、海外ではそうとうシェアをもっている会社の製品です。

 昨年のこと、2年ほど使っていた携帯をそろそろ換えたくてショップを見て回っていたら、この携帯に出会いました。「私が探していたのはこれだ!」とその瞬間に購入を決めていました。

 カメラが付いていなかったころは、手帳に入れられるくらいの薄さになっていたのに、カメラ付き携帯になってから急にまた厚くなっていました。他社では薄目のものを見かけていましたが、ドコモでは当時はなかったように思います。仕方ない、と半分あきらめていたところに目に留まったのがこの機種でした。(その後、ドコモからももっと薄い携帯が発売されています)

 カメラは1.3Mと、最近の携帯にしては荒いほう。でも、HPやブログ用に撮る写真では、これでも十分すぎます。そんなに高機能である必要なないのです。

 薄い一方で、横に広いという感じがします。文字の操作部分は、これほど大きくとらなくてもいいのに、と思うのですが、日本向けの製品ではないのですから、当たり前かも。大きな体のアメリカ人が使う携帯なのですから、これくらいないとクレームが出るでしょうね。

 アメリカ人用(?)にできているって思う点がもう一つ。それは開閉部の作りがしっかりしていること。半年ほど使っているけれど、まだそれほどゆるんではいません。これまでの日本製では、買って1か月くらいからゆるくなり、半年もするとそのままはずれないか、心配になることもあるくらいでしたら、頑丈さは気に入っています。

 ところで、買って半年もして何で今頃携帯の話をし出したのか、不思議に思っている方もおられることでしょう。実際にここ半年ほどで次々と新しい機種が登場していて、このM702isはもう新しいとは言えないかもしれないのですから。

 それは最近見たテレビドラマで、私のと同じ機種が出てきたからです。タイトルは忘れてしまいましたが、韓国ドラマの中で女性の主人公が使っていました。おそらく数年前のテレビドラマなので、日本の発売以前から韓国では売られていたんですね。

 もう一つ、本家アメリカのドラマでも見かけました。現在、NHK-BS2で放映されている「FBI-失踪者を追え3」で、主人公の捜査官(声はあおい輝彦)が同じ機種を使っていました。前のシーズンでは違う機種でしたが、シーズン3で同じ携帯を手にしているところを見てびっくり。そして、嬉しい気持ちになりました。

 アメリカに限らず海外ではモトローラー製の携帯電話は有名ブランド。通信方式が独特なので、日本への進出に時間がかかったのかもしれませんが、世界標準の携帯電話をやっと日本でも使えるようになってきんですね。(自分が使っているからと言って、そこまで肩入れする必要もないのでしょうが)

 ちなみに、ドコモのCMではサッカーのベッカム選手が出ているので、ご覧になった方も多いことでしょう。これからアメリカで活躍をするということを、象徴しているのかもしれません(日本以外でベッカムが宣伝しているのかもしりませんが)。

 実はモトローラーとは、携帯電話以外に、そうとう以前からお付き合いをしています。それはまた後日の「院長ブログ」でお話ししましょう。

PS
 ドコモの携帯で「M」を使っていなかった訳がやっと分かりました(三菱はダイヤモンドの「D」を、松下はパナソニックの「P」を使っています)。モトローラーのために、わざと使わずにとってあったのですね。さすがモトローラーは世界の携帯業者だけあります。

投稿者 tsukada : 23:28

2007年07月13日

見捨てられた世代

 昨日の「院長ブログ」で書いたように、来年度から5年間で日本から麻疹を根絶する対策がとられることになります。学童や生徒など、現在の麻疹予防接種体制の対象外になっている子どもたちに対して予防接種を行うというものです。

 日本では長らく麻疹予防接種は1回きりでした。欧米など、日本を除く先進国のほとんどは初めから2回の接種を行っていました。そしてそのツケが、今春、首都圏の大学生の中での麻疹流行に回ってきていました。

 昨年度から2回法になりましたが、その決定があまりに遅きに失したというのが、私たち小児科医の思いです。そして、その際に小学生以上に対して何も手を打たなかったのも、大きな問題でした。

 来年度から5年かかって、「見捨てられた世代」に対する麻疹ワクチンの接種をすることになりました。今までの経過からすれば、大きな前進ではありますが、でもまだ数年先までは麻疹流行が繰り返しおきる可能性が大きいことを考えると、そんな悠長なことでいいのか!?と考え込んでしまいます。

 日本は経済大国であり、先進国であるというのが「一般常識」になっていますが、本当にそうなのかと疑ってしまうことが時々あります。麻疹対策についてもそうです。

 過去のことは別にしても、もっと短期間で対策をとることができないものかと思います。来年度からということですが、早くて8か月ほど先のことです。今年度の途中から、少しでもその対策を始めることができないものでしょうか。お金があり、知恵がある国であれば、容易にできそうだと思うのですが、なかなかできないのはどうしてなのでしょう。

 「見捨てられた世代」に光を当てたという意味で、大きな意味をもつ政策です。でも、その中身はまだまだ議論の余地があるように思います。せっかく行うのですから、「やった」という形を作るだけで終わることのないようにお願いします。

 その対策に実行が伴わないのであれば、一度「見捨てられた世代」をもう一度見捨ててしまうことになりかねません。そんな危惧を抱いてしまうのは、私の心配しすぎでしょうか。

投稿者 tsukada : 19:44

台風4号

 巨大な台風4号が沖縄を襲っています。大きな被害も出ているようで、心配です。日本で史上最大かもしれないという話もあります。

 明日以降、日本列島を縦断するとのこと。最悪のコースです。この週末・連休は、日本中で台風による強風や大雨に十分警戒する必要があります。

 16日は「海の日」の祝日ですが、台風の影響がでそうです。残念ですが、海で遊ぶのは危険。子どもたちとは屋内のプールなどで休日を楽しんで下さい。

投稿者 tsukada : 19:10

2007年07月12日

朗報

 今春おきた麻疹の大流行を受けて、国がやっと重い腰を動かしました。昨日のニュースによれば、来年度から5年間で麻疹の患者発生ゼロを目指す対策をまとめたということです。

 メインは小学2年生以上の子どもたちや青年たちへの予防接種です。昨年度から1歳に麻疹・風疹混合予防接種(1期)をする他に、小学校入学前1年間に2回目の接種(2期)が行われるようになりました。しかし、それ以上は対象になっておらず、私も先に朝日新聞への投書の中でも、国が「見捨てた世代」だと指摘した経緯があります。

 伝えられるところでは来年度から「中学1年生と高校3年生」も麻疹予防接種の対象とするということです。それを5年間続ければ、今年度の小学2年生〜高校2年生はすべてカバーできるということになります。

 小学生以上への麻疹予防接種を徹底することで、確実に麻疹患者の発生を減少させ、ゼロに近づけることが期待できます。韓国は2000〜01年の大流行のあと「緊急対策」を実施し、5年後の昨年秋、患者発生をゼロにすることができました。日本でも、ぜひそこまでになることを期待したいと思います。

 対策が功を奏するためには、何よりも高い接種率を達成すること。100%が理想ですが、9割、せめて8割といった接種率になることが必要です。どのように行うか、詳しいことはまだ決まっていないようですが、「絵に描いた餅」にならないことを願っています。

投稿者 tsukada : 19:37

2007年07月10日

断水

 昨日のこと。医院を含めて、その周辺一帯が突然の断水しました。午後1時ころで、ちょうどお昼休みだったので、直接患者さんに影響がなかったのは幸いでした。

 当院は、断水(+停電)の時での水洗トイレが使用できるように工夫してあります。数年前に作っておいたのですが、その初めての出番! はりきって稼働させました。

 水洗トイレは、通常は水道水を使っているわけですが(飲める水を使うのは、考えてみればもったいない話かも)、断水すると水が流せなくなります。そんな時のために地下水をくみ上げるようにしてあります。(さらに停電してもモーターを回せるように、自家発電装置も持っています。)

 地下水は、もともと冬の融雪用に掘ってあるもの。雪の降る数か月しか使っていなかったのですが、それを転用しました。トイレのある部屋の屋根裏に200リットルのタンクを置き、そこに地下水をくみ上げます。それを便器ごとに設置した専用の蛇口で水槽に流して使うという方法です。

 そんな災害用トイレのデビュー! でも、使用できるようにした直後に、市の水道局が簡易タンクを設置してくれて、全館の水道が不自由なく使えるようになりました。その結果、実際の使用までには至りませんでした。(ちょっと残念?)

 そんな光景を、朝日新聞の記者の方が取材されました。今日の紙面に出ていましたので、ご紹介します。

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 当院に関わる箇所は次のように書かれています。

「昼休みだった小児科病院(注:正しくは小児科医院)には市の給水車が駆けつけ、病院内の水道管に接続して院内の飲用水を確保した。同病院では中越地震後の増築の際、井戸を掘って災害時のトイレ用の水を確保し、飲用水もペットボトルを100本用意していたという。」

 数時間で完全復旧しましたので、大きな混乱はありませんでした。それでも、いざという時にも小児医療を継続して行うことができることが改めて確認できましたし、この地域の方々のお役に立つことができることを再認識できました(もし夜も断水が続くようなら、夜間も医院を解放してトイレを使ってもらえるよう、町内会長さんに申し入れました)。

 こういった設備の出番がないことが一番良いには決まっていますが、でも「備えあれば憂いなし」。決して無駄なことではないのだと、つくづく実感しました。

投稿者 tsukada : 11:21

2007年07月08日

もうすぐ夏

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 梅雨の中日で、気温の高い日が続いています。晴れてはいるのですが、湿度が高く、何となくすっきりしません。それでも九州地方のような大雨になっていないだけ、喜ばなくてはいけないですよね。

 我が家のコーギちゃんは、夏にそなえてただいま“脱皮”中。もともと寒いところで育っていた犬(イギリスのウエールズが故郷)なので、毛が二重になっています。皮膚に近いところに産毛のように細いアンダー・コートが密集しているのですが、それがどんどんと取れてきています。

 少しブラッシングしただけで、山盛りの毛が取れました。これで本人(本犬?)も少しさっぱりしたことでしょう。

 写真に写っている道具はそのためのブラシ。櫛の下にカッターが隠されていて、軽くなでるだけでアンダー・コートがどんどんと取れます。なかなかの秀作品。けっこう高かったですが、その分の仕事はちゃんとこなしているようです(確か1万円近くしました)。

 え? あの毛がもったいない?・・誰ですか、院長のために取っておいたらどうですか?って言う人は。確かに私は薄くなってきていますが、まだ自前ですんでいます。犬のお世話にはなりませんよ〜(^^)/

投稿者 tsukada : 17:25

2007年07月07日

子育てフォーラム

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 本日、第3回「上越子育てフォーラム」が無事終了しました。講師の細川佳代子さまには、大変お忙しい中、とても貴重なお話をしていただき、大変ありがとうございました。

 細川さんが理事長をしておられるNPO法人「世界の子どもにワクチンを・日本委員会」事務局からもお二人の方にお越しいただき、感謝しております。

 また、お忙しい中(七夕でいろいろと行事のある中)ご参加いただいた多くの方にも、心より御礼申し上げます。

 内容はとても素晴らしく、感動いたしました(ハンカチを持って行って良かったです)。この「院長ブログ」でもいずれお伝えしたいと思います。

 まずは会の無事な終了と、御礼をかねてご報告いたしました。

投稿者 tsukada : 17:40

2007年07月06日

浴槽用浮き輪

 こんな商品があるとは知りませんでした。「浴槽用浮き輪」。親が乳幼児と入浴するときに使用するものだとか。

 首のすわった赤ちゃん(おそらく4か月以上)に使用でき、浴槽内に浮かべたこの浮き輪に赤ちゃんを入れておくと、一人で“入浴”できるというもの。

 しかし、まれにひっくりかえってしまい、そのまま溺水する事故が発生しているというのです。死亡例や、高度の後遺障害を患っている赤ちゃんもいるということで、今回、「使用しないように」という警告が出されました。

 親が一人でお風呂に入れるときには、確かに便利そう。自分が体や髪を洗うときに、一時的に赤ちゃんから手を離せるからです。でも、もし浮き輪がひっくり返ってしまったら・・ただちに救いあげれば大事にいたることはないでしょう。

 重大な事故になるのは、そのままの状態が数分以上続いてしまったときです。救命処置をほどこしても、完全に回復することができないような脳障害をきたすことは十分に考えられます。

 「親が手を離していても安全でいられるように作られた」道具のはずなのに、逆に「危険」であるのはどうしてなのでしょう。肝心なのは「目を離す」かどうかです。

 この浴槽用浮き輪に赤ちゃんを乗せて浴槽に浮かべたまま、親が浴室から出て行ってしまうことがあれば、非常識すぎます。それは論外としても、絶えず見守っていなければいけないのにそれを行ってしまったときに、“悪魔の手”が忍び寄ってくる機会を作ってしまいます。

 親が体を洗うのであれば、赤ちゃんの様子を見続けることができます。万一ひっくり返っても、すぐに気づき、助けることが可能です。問題は洗髪でしょう。時間にして数分かもしれませんが、その間、赤ちゃんを見ることはできません。シャワーを出していれば、異常な音を聞くこともできないでしょう。そして、その間に赤ちゃんが溺水しているということも、十分に予想されます。

 この商品の致命的な欠陥は、それが「親の利便性」を打ち出していることです。ひっくり返る事故が起こりうることを考えると、一緒に入浴する大人にとって便利が良いということが大きな落とし穴になっています。

 実は私も子育てし始めたころ、似たような体験をしたことがあります。強い近視の私は眼鏡族。いつも眼鏡をかけています。でもお風呂に入るときにはかけていなかったのですが、ある時、浴槽の縁につかまり立ちした我が子(おそらく1歳少し前でしょう)が浴槽内に頭から落っこちるということがありました。私が自分の体を洗っている最中です。

 横にいた子が、急に視界から消えました。一瞬何がおきたのか分からなかったことを、今でも鮮明に記憶しています。眼鏡をかけていなかったので、浴槽内に転落した子どもに気づくのが、ほんの少しの間ではありますが、遅れてしまいました。

 ただちに子どもを引き上げたので無事でしたが、子どもは大泣きし、私は冷や汗で泣きたいような気持ちになったものです。それ以来、子どもと入浴するときには眼鏡を外さないようにしていました。

 今回問題になった「浴槽用浮き輪」には、“構造的な欠陥”があります。もしどうしても使用したいというのであれば、絶対に一時たりとも目を離さないということが条件になるでしょう。体を洗うのはOK。洗髪は・・NGです。どうしても「目を離す」時間が生じるからです。

 では洗髪はどうすればいいか・・別に洗面台で洗いましょう。シャンプードレッサーになっている洗面台を使えば可能です。もちろん、夫婦や祖父母が協力して入浴介助をしてくれるなら問題はありませんが(それができるのなら、そもそもこの商品を使う必要もないわけですが)。

 このような事故例が公表され、商品に対して警告が出されても、メーカーに対する拘束力はなく、「善意」に頼るだけです。先に窒息が多発しているとして問題になった「こんにゃく入りゼリー」と同じように、行政やメーカーがすぐにきちんと対応してくれるかどうか、怪しいものです。

 いや、こんにゃく入りゼリーよりもっと大きな問題があります。それは、もし新たな生産しないということが決まっても、すでに売られた商品が家庭の中で引き続き使用されることを止めることができない点です。それ以上は、使う方がきちんとした判断力をもって対処してもらうことを期待するだけです。それは、無理なことでしょう。

 そうであれば、これからも浴槽用浮き輪による事故はどこかで起きてしまうことが予想されます。そして、不幸な事態に子どもたちとご家庭が巻き込まれることも。困ったことです。

投稿者 tsukada : 23:59

七夕飾り

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 明日は七夕。当院の正面にも、恒例の七夕飾りをおきました。子どもたちがいろんな願い事を書いた短冊も下げてもらっています。

 私の目下の「願い事」は・・明日の「上越子育てフォーラム」が成功すること。大勢の方に、講師である細川佳代子さんの大切なお話をお聞きいただけることを、心から願っています。

投稿者 tsukada : 14:33

2007年07月05日

明後日は・・

 梅雨空のうっとうしいお天気が続いています。それほど暑くはないのですが、湿度が高く、ジメジメ。洗濯物が乾きにくいですが、体の中も湿っぽいよう。

 西日本などでは大雨になっていますが、夏の水不足を解消するほどではないのだとか。せっかく雨が降っても役に立たないのも、困ったことです。

 今夜から明日、明後日も九州などで大雨になるとの予想です。災害の心配もあるかもしれません。十分に気をつけていてください。

 当院主催の「第3回上越子育てフォーラム」の開催が明後日に迫りました。今年は細川佳代子さんを講師にお迎えし、「ボランティアの私-可能性への挑戦-」という演題でご講演をお願いしています。ボランティア活動にもとても熱心な細川さんから、直接お話をお聞きできることを今から楽しみにしています。

 ぜひ多くの方にお越しいただけるよう、よろしくお願いいたします。

・日時:7月7日(土)13:30〜15:30
・上越市民プラザにて
・入場無料

投稿者 tsukada : 19:17

2007年07月03日

しょうがない

 参議院選挙が間近にせまっているためか、国会では何かと騒々しくしています。「失われた年金記録」で大騒動していたら、今度は「しょうがない」発言で燃え上がりました。

 久間防衛大臣の発言です。先の大戦で長崎に落とされた原爆を「しょうがない」と言ってしまいました。前後の発言内容に関係なく、ここだけ取り出せば、そりゃ被爆した人たちや長崎などの地元では怒り心頭に発することでしょう(実は発言全体の趣旨こそが問題なのですが)。

 辞めない、辞めさせるの押し問答をしていましたが、今日の午後、本人から「辞任」の申し出があり、形の上ではこれで決着のよう。でも、ほんとうの解決にはなっていないでしょう。辞める理由が「選挙が近いから」などと、正直に言ってしまったのですから。

 あたかも、これが普通の時であれば辞める必要などなく、自分としては不本意であると言わんばかりです。同じ辞任でも、これでは納得できないとする人たちが大半なのではないでしょうか。

 「しょうがない」発言で辞めることになって、本人は「しょうがない」と思っているかもしれませんが、それはただ流れを受け入れるというだけのこと。「右から左に受け流す」ことができると思ったけど、あまりに風当たりが強いので、仕方なく「受け流さなかった」というようなことかもしれません。

 「しょうがない」というフレーズで思い出されるのは、『雨が空から降れば』という曲。小室等が歌っていたフォークソングの名曲です(作詞:別役実、作詞:小室等)。私が中学生くらいだったでしょうか。もう30数年ほど前の歌。数年前に松山千春が『再生』というアルバムの中でカバーで歌っています(私のiPodに入っていて、出勤の自動車の中でも時々聞いています)。

 雨が空から降れば オモイデは地面にしみこむ
 雨がシトシト降れば オモイデはシトシトにじむ

 黒いコーモリ傘をさして街を歩けば
 あの街は雨の中 この街も雨の中
 電信柱もポストも フルサトも雨の中

 しょうがない 雨の日はしょうがない
 公園のベンチでひとり
 おさまなをつれば おさかなもまた 雨の中

 しょうがない 雨の日はしょうがない
 しょうがない 雨の日はしょうがない
 しょうがない 雨の日はしょうがない

 これが「正調=しょうがない」であります。周囲でおきていることにぶつかるのではなく、全部丸ごと受け入れてしまう。そこには、かつての「闘うフォークソング」はなく、どうせ自分が動いても何も変わらない、変えようとすること自体がムダだし、自分はそんなことはしないよ、という「虚無的」なメッセージがあります。それはそれで、時代の流れの中で多くの若者たち(私を含む)に受け入れられた曲でした。

 でも、政治家がこれではいけないでしょう。物事を筋道だって考え、理詰めで解決の道をさぐる態度とは無縁。日常の生活の中では、そういったとらえ方も時には大切ですが、こと政治のことについては、それではいけないでしょう。

 久間・元防衛大臣は「しょうがない」が口癖なのだとか。理知的、理論的な判断力に欠けるという意味では、残念ながら政治家にはもともと向いていなかったのかもしれません。(大臣は辞めたけど、政治家まで辞めるわけではないので、この言い方は問題かも)

 辞任した今夜はどうお過ごしになっているでしょう。自分の発言の何が問題だったか、真摯に考えている、などということはないでしょうね。こんなふうになったのもみんな自分のせい。それも「しょうがない」と、全部受け入れているかもしれません。そんな意味では、たった1日でもう過去の政治家になってしまったようです。

投稿者 tsukada : 23:33

2007年07月02日

夜間診療所

 今夜は休日夜間診療所の当番日。おおむね月に1回、平日夜の時間外診療を担当しています。

 各地で小児医療の体制が問題になっています。中でも夜間などの時間外急患体制が十分不十分。開業医は昼間の診療で手一杯。いきおい時間外の急患は病院の勤務医の負担になってしまいます。

 病院の先生方にとっては、当直をしていてもそれは入院患者のために行っているもの。もし重症の方がおられれば、その対応で手一杯。小児科であれば、未熟児や異常新生児が一人でもおられると、かかりっきりになり、とてもそのほかに手がまわりません。

 そんな中でも急患の患者に応じてもらっているので、過労死寸前の勤務医も少なくないことは想像にかたくありません。当直あけの翌日も、通常は普通勤務です。それがどれくらい大変なことであるか、私も経験があるので分かります。

 慢性的な睡眠不足や過労状態で勤務することは、医師本人だけの問題ではありません。患者さんにとっても大いに関係しています。判断能力や技術の低下している状態での診療は、そのレベルが低下し、時にはミスが起きるかもしれません。医療事故も懸念されるのです。

 医師の労働に対して、その疲労度から適切な労働時間や労働量を決めようという動きは、私の知る限りではありません。それでいいのかな、っていつも思っています。

 睡眠不足でフラフラの状態の機長が操縦するジェット機に乗りたいですか? うとうとしながら運転しているバスに、そのまま乗り続けたいですか?

 航空管制官は一定の勤務時間のあと、休息をとることが決められています。連続しての勤務は判断ミスを誘発することがはっきりしているから。

 それに対して医師はどうでしょう。当直といってもほとんど一睡もできないこともあります。病院で「一泊二日」の連続勤務は、当たり前のように行われています。それでも医師が勤務を続けるのは、そのプロ根性からです。患者さんにために働き続けることが、医師としての使命だという気概があるからです。

 でも・・燃え尽きてしまういこともあります。回復不可能な疲労の蓄積が、うつなどの精神異常をきたすこともあります。「過労死」という日本特有の死因をいただくこともあるかもしれません。自殺を選ぶことも。

 日本は本当に豊かなのかどうか、分からなくなります。どう考えても、貧しい国でおきている、決して美しくない悲しい出来事です。

 開業医である私も同じような状況なのかもしれませんが、それ以上に勤務医の先生方のご苦労の方がはるかに過大です。少しでも負担軽減になるように、ということで、各地で休日や夜間の診療を行うところが作られてきています。私が今勤務しているところも、そうです。

 医師会員が持ち回りで勤務につくので、一人一人の負担はそれほどには大きくはありません。私も月に1回は出番がまわってきます(時間外の診療は子どもたちが大半なので、小児科医である私はほかの方より多く出ることにしています)。

 今日も何人かの子どもたちを診ています。それほど大きな病気ではありませんが、診察を受けているということで安心されて休むことができるでしょう。そして、間接的にではありますが、勤務医の先生方の負担が少しは軽減されていることかと思います。

 そして私の「夜の仕事」は、もう少しで終わろうとしています。お疲れさま!←自分で自分をねぎらっています(^_^;)

投稿者 tsukada : 21:47

2007年07月01日

文月

 今日から7月になりました。一年の後半のスタート。もう今年の半分が終わってしまったと思うと、月日の流れが速いと感じます。

 7月は陰暦では「文月」。七夕(たなばた)の短冊に文字を書いて、書道の上達を祈ったところからつけられたのだとか。「文披月(ふみひらきづき)」が語源だそうです。←以上、ネットで調べた豆知識でした。

 梅雨の中休み。といっても快晴にならずに、どんよりと雲に覆われた1日でした。暑すぎず、ちょうど良いお天気でした。

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 高田城跡公園のお堀は、「東洋一の蓮」で有名です。湖面はさらに蓮の葉で覆われ、つぼみが少しずつ目立ってきました。

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 蓮が咲き始めるのは7月の後半ですが、良く見ると花を咲かせているものもいます。よほどあわてん坊なのでしょう。

投稿者 tsukada : 14:50