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2007年05月16日

緊急事態

 麻疹の予防接種は、昨年度から幼児期に2回行うようになりました。2回目は小学校入学前1年間(いわゆる「年長さん」)でおこないます。昨年度2回目を受けた子どもたちは、今は小学1年生です。

 それより以前は麻疹予防接種は1回でした。現在小学校2年生以上の子どもたちや大人の人たちがそれに該当します。受けていても1回ですが、中にはその1回すら受けていない方もそうとういます。

 今回の大学での麻疹流行では、小さい頃に麻疹ワクチンを受けているにもかかわらず麻疹にかかってしまった人たちもいます。その人たちは、麻疹ワクチンの効果が最初から十分ではなかった(一次的なワクチン無効例)か、あるいは年数が経つにつれワクチンの効果が弱くなった(二次的なワクチン無効例)かのいずれかです。

 1回のワクチン接種では十分な効果が得られないことがあるので、麻疹ワクチンも2回(またはそれ以上)接種する必要があるというのが、昨年度から「2回法」に変更された理由です。しかし、あまりにも遅い政策変更でした。

 欧米などの先進国では、麻疹ワクチンは導入当初から2回法で行われています。そして、必ず受けてもらうことで麻疹を撲滅の一歩手前まで追い込むことができています。(例えばアメリカでは法律によって、就学の条件として麻疹ワクチンをすませてあることを求めています。)

 では日本がずっと「1回法」を続けてきたのはなぜでしょう。いくつかの理由がありそうですが、その一つは麻疹が大流行していたからだというのです。おかしいですよね。大流行していたのであれば、なおさら「2回法」にすべきではないか、と考えるのが普通でしょう。

 一応理由があるようなのです。それは、ワクチンで軽い免疫を作っておいたあと、麻疹の流行に出会うと、自然の麻疹ワクチンが免疫を増強してくれることが期待できます(これを自然の「ブースター効果」と呼んでいます)。その時に発症を予防してくれる程度の免疫があれば、麻疹にかかることはなく、免疫の力は本物の麻疹にかかったと同じく、とても強いものになります(一生かからない程度に)。

 1回のワクチンだけでは一生の免疫ではないのですが、こういった自然の助け(?)があったことから、以前は「麻疹ワクチンは1回接種で十分」とされていました。

 でも、日本でも次第に麻疹流行の規模が小さくなってくると、麻疹ワクチン接種後に麻疹ウイルスに出会わないことがそうとう多くなってきています。そのことが、「二次的なワクチン無効例」を作っていることは、先に説明した通りです。

 「麻疹ワクチン1回法」の理論的な誤りはここにあります。自然の麻疹流行を期待することで「1回で十分」といいながら、予防接種本来の目的でもある流行の阻止が達成されていけば、免疫増強効果(ブースター効果)が期待できなくなっていきます。つまり、十分な免疫を持たない人たちが次第に(急激に)多くなってくる、ということなのです。

 日本はもっと早く政策を転換し、「2回法」にするべきでした。専門家はみな分かっていたことですし、私たち小児科医ももっと前から提言していたことです。でも実行されなかった。なぜでしょう。ここに、今の日本の政治や行政の貧困さがあります。

 国民の命をどのように守り、健康をどのように増進していくか、その一番基本的なところをきちんと抑えることができていません。一度決めたことは、なかなか変えられない。それが間違ったことだと分かっても、素直に認め、方針を変更することができない。前例がないといっては、検討することすらしようとしない。

 そんな「お役所仕事」の一つの典型が、「1回法」への固執だったのではないか、とも思えるのです。

 あるいは、「予防接種不要論」をとなえ、「全廃」せよと絶えず主張する一部のグループへの遠慮があったのでしょうか。確かに彼らの運動は、ときにはマスコミを巻き込み、そうとう過激でした。厚生労働省の関係者が、トラウマになっているという見方もあるくらいです。それが本当であればお気の毒なことであり、同情を禁じ得ません。

日本が先進国の中でほとんど唯一「1回法」に最後まで固執してい事情は、あんがいこんなところにあったのかもしれません。世界中から「麻疹輸出国」として非難されていても、政策を見直すことすらしようとしなかったのも、納得できそうです。

 しかし、いくら反対派が声高に叫んでも、それによって政治や行政の根幹が国民に背を向ける方向に傾くのはいけないことです。ぶれてはいけないことがあるのです。

 最初に戻ります。今の小学2年生以上は1回しか麻疹ワクチンを受けていません。2回受けた人たちが人口の大半になれば麻疹の流行は阻止できるでしょう。そうすると、あと数十年は麻疹の流行が絶えることなく続くということになります。それでいいのですか!?

 確実な方法はただ一つ。麻疹を全ての人に2回接種してもらうこと。小学2年生以上の子どもも、大人もすべての人が対象です。任意接種を受けるように期待するなんてのではダメです。行政が責任を持って、短期間に(例えば数年以内)、集中的に麻疹ワクチンの接種を行うこと。それ以外に解決の方法はありません。

 そして、それが実行されれば、数年後には日本からも麻疹をほぼ撲滅に近い状態にすることができるでしょう。やっと日本が「先進国」の仲間入りができる、ということにもなりそうです。

 この「全国民・一斉麻疹ワクチン2回目接種」は、実現がそれほど難しいとは思いません。やろうという意志さえ政府にあれば、直ちに取り組むことができるものです。

 法的には、明日にでも可能です。「予防接種法」という法律で、国民を麻疹の流行から守るためにワクチン接種を行うと規定しています。問題は、受ける対象者です。現在は幼児に行っているわけですが、それは法律で決まっているものではありません。「予防接種法施行令」の規定です。

 これは「政令」というもので、手元の辞典には「閣議によって決定され、主任の国務大臣が署名し、内閣総理大臣が連署して、天皇が公布する」とあります。つまり、行政のトップが意志決定すれば、いつでも変更することができるもの。麻疹の予防接種を「全国民を対象とする」と変更すれば、現在行っている幼児以外の人たちのも予防接種を行うことができます。

 ワクチンについては、増産し、全国民が接種を受けるだけの量を確保するのに多少時間がかかるかと思います。こちらは、今日決めて明日すぐにできるというものではありません。一つのワクチンを作るのに数か月はかかりますし、大増産しなくてはいけないからです。でも、ことの重大性を考えて、行政がメーカーに強力に要請(あるいは指導)すれば可能なのではないかと思います。

 費用は国や地方自治体が持ち、受ける人に負担を軽減するようにしなくてはいけません。接種を受けることによって、社会全体を麻疹から守ろうとするものなのですから。現在のように任意接種だと数千円の負担があり、とても多くの方に受けてもらえる見通しはありません。

 またまた今日も話が長くなってしまいました。麻疹流行が一日も早く終息することを祈っています。でも、そのあとに麻疹を根絶するために、いったい何をすべきなのか、きちんとした議論をし、身のある政策を実行してほしいのです。

 もしも、いつものとおりに(!)「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という態度をとり続ければ、今後数十年は日本から麻疹の流行がなくなることはないでしょう。世界の中で、麻疹については孤立する道を進むことになります。それでもいいのですか、私たちの日本は。

投稿者 tsukada : 2007年05月16日 23:59