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2006年10月24日

中越地震から2年

 新潟中越地震のことは、もう忘れてしまった方もおられるかもしれませんね。2004年(平成16年)10月23日夕方、その地震はおきました。昨日でまる2年がたったところです。

 当院のある上越市からわずか数十キロのところでおきた大地震です。当地でもそうとう揺れました。私は仕事を終えて家に帰る途中で、自動車の運転中。最初の揺れではハンドルをとられて変に揺れるので、タイヤのパンクかと思ったくらいです。少ししてラジオから地震だというニュースが流れ、それがすぐ近くで起きた大地震だとしりました。

 自宅に帰ると、家族の者たちが怖がっていました。そこに2度目と3度目の大きな揺れがきて、私自身も怖い思いをしました。幸いなことに、自宅も医院も被害はありませんでしたし、停電などもおきずにすみました。

 しかしその時、震源地である中越地方は壊滅的な被害がおきていました。犠牲者も多く出ましたし、故郷が破壊され、生活する場所もなくなってしまった人たちが大勢出ました。日に日に被害の大きさを知るにつれ、大地震の怖さを知ることになりました。

 あれから2年。表面的には復興してきているようですが、まだ元の生活に戻れないでいる人たちもたくさんおられるようです。村や道路、田や畑も壊れたままのところも、そうとうあるようです。その影響は、今でも被災地に色濃く残っているのだとか。

 私の友人で、この地域の小学校校長をしている者がいます。先日会ったときに、やはり震災のことはまだ過去のことではない、という話をしていました。同じ小学校の同級生が地震で亡くなっていたり、きょうだいの一方が犠牲者だったりもしていることもあったりいて、今でもPTSD(心的外傷症候群)のような症状が出る子もいるのだとか。

 それでも、住民の人たちがまとまって地域をもり立てようとする力には敬服すると言っていました。お互いを助け合いながら、大変な中を生きてきたわけです。地域を愛する気持ち、そしてお互いを思いやる気持ちは、以前よりもっと強くなったというのが、私の友人の率直な感想でした。

 被災直後から住民の中で愛され、歌われた曲がありました。平原綾香の『Jupiter』です。その中にこんな一節があります・・「愛を学ぶために孤独があるなら、意味のないことなどおこりはしない」

 自分に降りかかってきた災いではあるけれど、それを嘆いているだけでは始まらない。もしかしたら、それも天が与えた試練かも。それを乗り越えることで、もっと強くなれるし、本当の優しさも知ることができる・・。

 この歌が愛された本当の理由はよく分かりません。もしかしたら、こんな意味合いがあって多くの人の心を打ったのではないか、などとも思っているのですが、どうなのでしょうか。

投稿者 tsukada : 2006年10月24日 23:25