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2006年07月01日

「明かりのともらない街灯」後日談

 今日から7月です。たった1日進んだだけなのに、7月と聞くともう暑くて過ごしにくいと感じてしまいます。今日は大雨。梅雨の終わりにはけっこう水害が多いようです。どうぞご注意をお願いします。

 6月19日「院長ブログ」に「明かりのともらない街灯」を書きました。近くの公園に街灯ができたけれど、いっこうに電気がつかないが、どうしてなのだろう・・という趣旨です。直接市役所に聞いても良かったのですが、ここはあえてマスコミにお願いしました(一人の市民という立場で聞いても、まともに相手にされないだろうという、思いこみがあります。真偽のほどは分かりませんが、経験的にはそう感じています)。

 地元の新聞『上越タイムス』の記者の方に連絡。その方が取材をしてくださり、それが先日の紙面に掲載されました(6月29日付け)。それによれば、設置の工事は終わっているが、電気工事はこれからとのこと。半分については今年度中にできるが、もう半分(私の家の前!)は来年度になるとのこと。なんとものんびりした話です。

 そもそもすでに終わっているのは地面にポールを立てる工事だけとのこと。電気工事はもちろん、配管を地中に埋める工事すらまだ行っていないということです。それで納得しました。先日ご覧いただいた写真ではポール脇の地面から配管の一部がにょっきりと突き出ていますが、ポールとの間はもうつながっているんですね。もしかしてポールの工事をやり直さなくてはいけないのかも、と書きましたが、それは杞憂でした。

 配管を地中に埋める工事は、歩道の工事を一緒に行う予定なので、それで工事の日程が未定なのだとか。これも新しい情報です。なるほど、歩道全体もやり直すんですね。配管工事のためだけで、土を掘ったり、歩道のアスファルトを切って掘り返し、また埋め戻すなどというのは、もったいない話です。そのあとにまた歩道全体の工事があるのであれば二重手間ですし、税金の無駄使い。なるほど、そんな事情があったのか、と少し納得。

 でも、やっぱり納得できないことがあります。当初の工期日程でいけば、中に明かりが入らず、役にたたない街灯が2回冬を越すことになります。街灯の寿命が何年かはしりませんが、仮に10年だとしたら使い始める前にその5分の1が過ぎてしまっていることになります。未来永遠に使える物ではないわけですから、どうしてそんな“もったいない”ことをするのでしょうか。

 歩道の大規模な工事が予定されているのなら、その時に一緒にポールを設置すれば、費用も安上がりになるのでは。何より、新しい街灯を使い始められます。1年も2年も先に、ポールだけ先行して設置しなくてはいけない理由が、どうしても見あたりません。ここに一般市民には分からない“お役所の論理”があるのでしょうね。もちろん、それを知りたいとも、理解したいとも思いませんが。

 先の「院長ブログ」にも書きましたが、ここは公園内に作られた散歩コースであるにもかかわらず、夜間は真っ暗になってしまいます。学校の生徒さんたちの通学にも使われますし、多くの市民が通勤や散歩に使ってもいます(個人的には、私の犬の散歩する道です)。昨今の犯罪多発を考えると、この歩道を夜も明るくすることは、防犯上もとても大切です。市としてもそのために街灯を設置することにしたのではないですか? であれば、その工事を長い期間ほったらかしにしておいて良いのか、良くないのか・・自明のことです。

 公園の管理にあたる部署の人たちが、自分たちだけの狭い範囲で物事を考え、進めているかけでは市民の立場にたった施策はできないでしょう。それぞれがもっと大所高所にたった物の見方、とらえ方、考え方をしていないから、今回のようなちぐはぐなことに平気でいられるのですね。お役所の論理がよ〜く分かりました(分かりたくなかったのだけれど)。

 取材をし、記事にまとめていただいた記者の方、ありがとうございました。やっぱり私が直接聞かなくて良かったです。私が聞いていたら、こんな木で鼻をくくったような言い方しかできないお役人に、むかっ腹をたててしまったでしょうから。血圧が上がらなくて良かったです。

 まあ、来年には明かりがともりそうだということで、気長に待つことにしましょう。それまでの間、犯罪が起きないことを願いつつ・・。

投稿者 tsukada : 2006年07月01日 21:49