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2006年06月21日

日本のアンダーグラウンド

 昨日に続いて、今日も一冊の本を読み終えました。『世田谷一家殺人事件−侵入者たちの告白』。その内容に、鳥肌だつほどの恐怖を覚えています。

 この本は今日発売になったばかり。今日の朝刊の広告欄に大きく掲載されています。曰く「ついに犯人をつ突き止めた!」「決定的証拠をもとに、実行犯を特定した驚愕のスクープ!」。昨日の「院長ブログ」に、反社会性人格障害のことを書いたばかりで、犯罪をおかす犯人の心理状態についてもっと知りたいと思っていた矢先のこと。なんというタイミングでしょう。

 「世田谷一家殺人事件」は20世紀の最後の一瞬、2000年12月30〜31日に起きました。何者かによって一家4人が惨殺された事件です。犯人がまだ逮捕されないどころか、有力情報に懸賞金をつけるほどなのですから、犯人の特定すらできていないと思われているあの殺人事件の、犯人を突き止めたというのです。これは大変なこと。すぐにでも読まなくては!と思ったのが、今朝のこと。

 お昼にさっそく書店に行ったけれど、まだ店頭にはならんでいませんでした。他の店にもいったけれど、同じ。新潟は発売日が遅くなるのか?(週刊誌などでは1、2日遅いのが普通です) そう思いながらも、店員さんにたずねたら、奥からこの本を持ってきてくれました。発売ほやほやの新刊ですが、どうもまだあたためていたようです。こんなのんびりしたところは新潟らしいのかもしれません。

 早速読み始めたのですが、その内容には身震いがでるほど驚かされました。内容を書くと、これから読もうとする人たちに失礼ですので、詳述はしませんが、この本に書かれていることは十分に真実と考えて良いようです。大規模な捜査態勢をひいていた警察にすらできなかった犯人の特定を、一人のジャーナリストがやってしまったのですから、それ自体も驚きです(もっとも著者は、大きな組織だからこそできないものもあるのだと、繰り返し書いています)。

 これまでも、過去の事件を推理し、事件を描いたり、犯人像にせまったりするような書籍は多く出されています。でもその多くは謎解きで終わっているようです。犯人はこんな人だと考えると、いくつかの不明な情報が整理され、解決するだろう、といった内容です。でも、必ずしも事実に基づいた論理展開ではなく、推論に推論を重ねたようなものもあり、フィクション(虚構)と呼んだ方がいいようなものが、多いような気がしています。

 一方では、取材も構成もしっかりしていて、ノンフィクションとして十分に検討に耐えうるものもあります。その一つは、松本清張が精力的に取材し、とくに戦中・戦後の日本の闇の世界を描き出した労作「昭和史発掘」です。単なる謎解きだけではなく、そこに時代背景を織り込み、その事件の背景をするどく見つめる中で、昭和という時代を問い直す作業をしていたようです(私は若い頃は松本清張の大ファンでしたし、この「昭和史発掘」は全巻読みあさりました)。

 今日読んだ『世田谷一家殺人事件』は、著者が直接・間接に見聞きしたことをもとに、丁寧に事実関係を積み重ね、「犯人像」のみならず「犯人」そのものにまで行き着くことができたと言う点で、当代一のノンフィクションになっているのではないかと思います。そして、日本で起きている犯罪が、これまでとは違った者どもによって、全く違った動機の中で引き起こされ、結果として日本で暮らす私たちの普通の生活を根底から不安に陥れようとしている・・これまで漠然とした指摘が、現実にはもっと深刻なレベルとスピードで進行し、日本をむしばんでいることを教えてくれています。

 表面に見える社会は一見穏やかでも、ほんの少し足下をのぞき込むと、そこは真っ黒い闇が広がり、犯罪者たちが獲物をねらいながらうごめいている。日本にもアンダーグラウンドという暗黒の世界が厳然と存在していることは、紛れもない事実です。ただ、私たちがそれを知らなかっただけであり、捜査当局が手をこまねいていただけのことだったのです。私たちは率直にその存在を認め、早急に対策を講じていかないと、新たな悲劇が次々に起きていることになりかねません。そんな意味では、この書籍が発する警告をどれほど深刻に受け止めることができるか、そして日本の社会を変えることができるか・・それが今に生きる私たちに問われています。

 ところで、この本では登場人物はほぼ仮名ですが、犯人やそれにつながる者たちはそのスジでは容易に特定されそうです。彼らが別の意味で闇に葬られることはないのでしょうか。警察機構に対する批判が随所にありますが、著者に情報提供してくれた警察官なども何らかのトラブルに巻き込まれないでしょうか。何よりも、著者自身が命をねらわれることはないでしょうか。問題の核心にせまる内容だけに、そんなことまで心配になってしまいました。

※『世田谷一家殺人事件−侵入者たちの告白』 齊藤 寅(しん)著、草思社刊、1,400円+税

投稿者 tsukada : 2006年06月21日 22:21